【日経バイオテクONLINE Vol.2986】

食べ物と技術革新と適応と進化

(2018.08.17 08:00)
橋本宗明

 皆様、おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。長く続いた酷暑もいったん終息するとのことですが、一方で台風19号が発生し、本州に上陸する可能性もあり、天候に振り回される日がまだまだ続きそうです。

 日経バイオテク編集部では今週月曜から水曜にかけて、夏季休暇をいただきました。この夏休みの間に私が手にした書籍の中に「食と健康の一億年史」(亜紀書房)というものがあります。オタワ大学生物学科客員教授であるスティーブン・レという自然人類学者が、世界各地で食物と、それに関連する疾患について調査して回ったフィールドワークに基づく書籍だそうで、紀行文としても面白く読めます。健康な食事の在り方について、著者なりの考えが述べられている部分には、納得できる部分も少し異を唱えたい部分もあったりしますが、人類史を振り返って人が何を食べて生き延びてきたのかを考察している内容は非常に興味深く、色々考えさせられるところもあったので、少し紹介させていただきます。

 書籍は果物、肉、でんぷん、種類、乳製品などの主要な食物の歴史を紐解きながら、何を食べるべきかを考察していきます。その「食物の歴史」でまず登場するのが、1億年前の人類が最も口にしていたであろう昆虫です。筆者は昆虫食を求めて東南アジアを旅します。かつて東南アジアでは昆虫食がありふれていましたが、例えばベトナム料理からはフランスやアメリカの影響を受けて昆虫食が排除されていきました。対して、ヨーロッパ帝国による全面的な支配を受けなかったタイでは伝統的な昆虫食が、珍味ではなく食事として提供されているそうです。ただし、霊長類は昆虫の外骨格であるキチン質を消化する酵素を持っているのに対して、人の胃液には消化酵素はわずかしか含まれていないません。1億年前の祖先がバリバリと食べていた昆虫を食べるのをやめ、あるいは外骨格を避けて食べるうちに人類は昆虫を食べない方向に適応してしまったということなのでしょう。

 人類史を遡って何を食べてきたのかを見てくると、人類がその時に手に入る食べ物に適応し、進化してきたことに気付かされます。例えば、霊長類の祖先は6000万年前にビタミンCを合成する能力を失ったそうですが、つまりその頃には果物などの食べ物を介してビタミンCを十分に摂取できるようになっていたということでしょう。一方で、今から4000万年前から1600万年前までの間に、ウリカーゼという尿酸の分解を助ける酵素の生成に関わる遺伝子が、祖先の体から徐々に失われて、尿酸値が上昇し始めたとのことです。痛風の原因ともなる尿酸を処理する能力がなぜ失われたのかは「人類の進化の歴史において最大の謎の1つ」としつつ、幾つかの仮説を紹介していきます。その1つに、果物が豊富な環境下でビタミンCを生成する能力を失った結果、尿酸を抗酸化剤として利用するようになったのではないか、というものを著者は挙げています。つまり通風や高血圧の原因とされる尿酸にも、抗酸化剤としての機能があるというわけです。

 このように食べ物に応じて遺伝子を書き換え、進化と適応を続けてきた人類ですが、もう1つ重要なのはその環境で手に入る物が食べるのに適さないものであっても、技術革新によってそれを食べ物に変えてきた、ということです。例えば植物が身を守るために用意しているフェノールなどの化合物のせいで苦みが強いオリーブは、塩漬にしたり発酵させることが苦みを抑える食べ方が考案されました。あるいは、オーストラリアの先住民であるアボリジニが食糧としているナルドゥという植物を、アボリジニは粉にして加熱し、水で洗って利用しているところを、探検家が知らずにそのまま食用にしたため、ビタミンB1を分解する酵素を除くことができず、死亡したというエピソードも紹介されています。マメ科植物のレクチンやキャッサバのシアン化合物、フィチン酸塩やシュウ酸塩など、多くの植物が何らかの有害成分を含んでいますが、人類は調理技術を駆使することによって有害成分を取り除き、食べ物に変えてきたというわけです。

 ただ、進化と適応にしろ、調理方法の発明にしろ、恐らく非常に長い時間をかけて行われてきたことに違いありません。ところが昨今の食文化の変化はあまりにも急激で、それが生活習慣病をはじめとする様々な疾患を生じさせている可能性があります。そこで著者は、そんな現代社会における「食べ方と生き方のルール」として、最後に「伝統食を(祖先が食べていたものを)食べる」などの9つルールを挙げています。この中にはもっともなものもあれば、ちょっと納得できないものもあったりしますが、いずれにせよ、普段口にする食べ物について、人類史とか進化論といった視点を加えて検討するとちょっと違ったものが見えてきます。

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