【日経バイオテクONLINE Vol.2967】

「ホモ・デウス」─神になるのは誰なのか?

(2018.07.18 08:00)
橋本宗明

 おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本です。ちょっと前のメルマガでも少し紹介しましたが、国内外の製薬企業とバイオベンチャー合計715社が開発中の創薬プロジェクト5272件について、14の領域別、15のモダリティ別に整理し、一覧できるようにした書籍「世界の創薬パイプライン2018/2019」を7月31日に発行します。中止された品目の情報までも網羅しており、各領域でどういうモダリティ、どういう標的の創薬が活発化しているのか、などを把握するのに役立ちます。

 「世界の創薬パイプライン2018/2019」の詳細については下記サイトをご覧ください。

(日経バイオテクONLINE)https://nkbp.jp/2uBTGUC
(法人版/Pharma Business)https://nkbp.jp/2KW8o42

 また、「世界の創薬パイプライン2018/2019」のために収集した各製薬企業・バイオベンチャーが開発中のプロジェクトの情報を分析し、領域別のモダリティの分布やそのトレンド、それぞれの領域で注目される創薬標的などを提示する「創薬パイプライン研究セミナー」を9月7日に東京・神谷町で開催します。昨年開催して好評をいただいたセミナーの第2弾となります。皆様のご参加をお待ちしています。

(日経バイオテクONLINE)https://nkbp.jp/2Lgw0w9
(法人版/Pharma Business)https://nkbp.jp/2NSE0Fh

 さて、2年ほど前にこの欄で、Yuval Noah Harariというイスラエルの歴史学者が著した河出書房新社の『サピエンス全史』という書籍を紹介しました。

ホモ・サピエンスはなぜネアンデルタール人を凌駕できたのか
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/mag/btomail/16/09/29/00117/

 そのHarari氏が新たに著した「ホモ・デウス」という書籍が同じく河出書房新社から今年9月に刊行されるということで、一足先にその和訳を読む機会がありました。ちなみに「ホモ・デウス」とは、「神のヒト」という意味だそうです。

 前著の「サピエンス全史」で、歴史学者であるHarari氏は、取るに足らない類人猿だったホモ・サピエンスがどのようにして地球の支配者になったのかを描きましたが、今回の著作では人類が今後、どこに向かうのかを考察しています。長い年月をかけて「飢餓、疾病、戦争」を克服しつつある状況にたどり着いた人類は、今後、「不死、至福、神性」を目指すことになるだろうと、Harari氏は予言します。もちろん、全てのヒトが「至福」はともかく、「不死」や「神性」を目指しているとは思いませんが、そのような志向を持っているヒトがいるのは確かでしょう。また、少なくとも環境を自分たちの都合のいいように変化させてきた人類は、他の野生の生き物とは一線を画す存在であり、他の生き物から見れば既に「神」のように見えているのではないかと思われます。

 Harari氏の著作を読んでいて、何よりも面白いと思うのは今まで考えたこともないような視点を提示してくれることです。前作の「サピエンス全史」では、歴史を振り返って、人類に飛躍的進歩をもたらした幾つかの事象を検証していきますが、その1つに農業革命があります。ほぼ1万年前まで野生の植物を収集し、野生の動物を狩って暮らしてきたホモ・サピエンスですが、その後、小麦やヤギ、豆、ブドウ、馬、トウモロコシ、イモ、米などを家畜化・栽培化し、手に入れる食料の量を増やし、定住するという生活様式を手に入れていきました。ところがHarari氏は、この農業革命は小麦側の視点に立てば、「1万年前には中東の限られた地域に生えるただの野性の草にすぎなかった植物が、世界の至る所で存在するようになるという成功を収めた」というエピソードであり、「農業革命は史上最大の詐欺であり、その犯人は小麦、稲、ジャガイモなどの一握りの植物だった」「ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ」と分析してみせます。

 確かに、人類は農業革命により手に入れる食料の量を増やし、集団としては人口増という成果を得ましたが、個々の人間からすれば、常時耕作作業に縛り付けられる一方で、単一の作物に依存することで旱魃や病害などで命を落とすリスクは大きくなり、農耕敵地の奪い合いという事態も招きました。放浪の生活様式を捨てることで毎年子供を産めるようになった半面、子供の死亡率は上昇し、定住地では感染症が流行するリスクも高まりました。つまり農業革命は、個々のサピエンスにとっては生活を楽にするどころか、苦痛を増加させるものだったという見方をHarari氏は提示しているのです。

 さて、今回の著作でHarari氏が提示しているのは、「(人類を含めて)生き物はアルゴリズムである」という見方です。アルゴリズムの定義は明確ではありませんが、私は「何らかのインプットに対して、場合によっては確率論的であるものの、一定のアウトプットを生み出す法則」と理解しながら読み進めました。実際、生物の行動パターンは種によって比較的類似していますし、個性的な行動も、脳内物質などにもたらされていると捉えるならば、生物の行動はアルゴリズムとして理解できるという考え方もあながち間違いとはいえなさそうです。

 そして、生命をアルゴリズムと捉えた場合、そのアウトプットは決定論的かランダムか、その組み合わせかのいずれかであって、そこに「自由意志」や「魂」による決定は存在しないとHarari氏は言います。人間、もしくはあらゆる生物の思考や判断、行動はすべからく、脳内物質などがもたらす生化学的なアルゴリズムに従ったものだというわけです。これはなかなか受け入れがたい主張ですが、進化論や脳科学研究などの事例をふんだんに挙げて説明されると、説得力を持って伝わってきます。

 さらにHarari氏の主張は、生命をアルゴリズムと捉えることが可能ならば、コンピューターの非有機的なアルゴリズムに置き換えることができると展開されます。実際、人工知能の発展により多くの仕事が無くなるなどといわれていますが、これはヒトのアルゴリズムの一部をコンピューターのアルゴリズムに置き換えていっていることに該当するでしょう。そして、ビッグデータの世界では実際に、ヒトの行動や思考をデータに置き換えて理解し、分析し、行動や思考を先回りして提案するということがなされています。

 Harari氏はこれを突き詰めていった先に、「人間至上主義」から「データ至上主義」へという世界観の変化がやってくるだろうと予言します。実際、コンピューターやセンサーが身の回りにふんだんにあふれることで、私たちの行動や思考はデータに置き換わり、AIなどによって分析されることにより、意思決定の主導権は人間の思考ではなく、データ側に委ねられつつあるようにも思います。情報量でも分析力でももはやコンピューターネットワークは個々の人間を凌駕しており、私のことを最もよく知っているのは私ではなく、コンピューターネットワークの中にある「データ」であるという事態が生じつつあります。この結果、「神」のような権威は、人間からデータに移りつつあるというわけです。

 まるでGeorge Orwellが「1984」に描いたようなSFチックな話ですが、AIなどのテクノロジーの進展を見ると決してお伽噺のようには思えません。それでもあくまでもデータを利用する主体は人間だと思いたいところですが、人間が自分で思考するよりも、データが示す通りに行動した方がより効率良く行動でき、至福が得られるとなれば、思考するのをやめ、データが示すものに従って行動を取るようになってもおかしくありません。それで果たして主体は人間と言えるのでしょうか。主従が逆転したと言わざるを得ません。農業革命が小麦による罠だったとするならば、現在のAIやIoTの発展はデータ至上主義が仕掛けた罠であって、人間はデータを作り出す部品の1つに成り下がろうとしているようにも思えてきます。

 そしてその先に、人類にとってどんな未来があるのでしょうか──。「ホモ・デウス」は、そんな色々なことを考えさせられる、とにかく刺激的な著作です。9月の発行なので少し先にはなりますが、お薦めの一冊です。ぜひ、手にとってみてください。

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