1年前に執筆した「2015年記者の目」を読み返すと、「2015年は企業買収が積極的に実施される年である」とし、企業買収を狙う国内企業の筆頭にアステラス製薬を挙げていた(関連記事1)。実際、アステラス製薬は2015年11月10日、米Ocata Therapeutics社を手元現金3億7900万ドルで買収すると発表しており、この予想は的中したわけだが、買収した企業は想定とは異なった。Ocata社は、ヒト胚性幹(hES)細胞を網膜色素上皮細胞に分化させ、網膜下に注入する眼科領域の再生医療製品を開発している。米国において、萎縮型加齢黄斑変性症(AMD)を対象にES由来RPE細胞のフェーズII試験を、スタッガード病のフェーズI/IIを実施中で、 さらに、網膜色素変性症や萎縮型AMDに対して視細胞前駆細胞の投与や緑内障に網膜神経節前駆細胞を投与する再生医療の前臨床試験も行っている。つまり、アステラス製薬は単純なパイプラインの補充を目的に企業買収をしたわけではなく、今までの同社のポートフォリオには無い「眼科」と「再生」という2つの領域を取り込んだのである(関連記事2)。

 Ocata社の買収についての説明会において、畑中好彦社長は「視覚障害を引き起こすようなアンメット・メディカル・ニーズが高い疾患では、視覚機能を担う細胞が変性するものが少なくない。細胞補充によって機能を回復させる細胞医療の必要性が高い」と語り、重篤な眼科疾患に細胞医療のアプローチが合理的だとの見解を示した。さらに「治療に必要な細胞数が少なくて済む」「拒絶反応が起きにくい」「開発の際に明確なエンドポイントが存在している」など経済的合理性があると説明した。眼科領域は、いかにも理論派と評価される畑中社長が好む治療領域ということなのかもしれない。アステラス製薬では、糖尿病性黄斑浮腫の患者に対してASP8232のフェーズII試験を米国で実施している。ASP8232は低分子のVAP(Vascular adhesion protein)-1の阻害薬であり、経口剤として開発されている。今後、アステラス製薬が、どのような戦略をもって本領域のパイプラインを増やしていくのかが注目されるところである。

 眼科領域に関心を持っているのはアステラス製薬だけでは無いようだ。興味あることに、国内製薬企業のパイプラインを見ると、今まで眼科領域の製品を持たない企業にあっても眼科領域のパイプラインを有する企業が出てきている。その1つが第一三共だ。同社はDS-7080のフェーズIを実施している。DS-7080は血管新生抑制薬で、治療対象は加齢黄斑変性症である。抗体であるDS-7080は硝子体内注射で投与され、対照薬として抗血管内皮増殖因子(VEGF)抗体の「ルセンティス」(ラニビズマブ)が選択された。田辺三菱製薬も滲出型加齢黄斑変性症を対象にMT-0814の国内フェーズIを進めている。MT-0814の作用機序はCCケモカイン受容体3の阻害。上市に成功すればフェースト・イン・クラスの薬剤になる。その特徴として経口投与可能な低分子化合物であることを挙げる。小野薬品工業ではONO-9054が米国でフェーズIIの段階にある。作用機序はプロスタグランジン受容体(FP/EP3)作動で緑内障、高眼圧症の適応症の取得を目指している。生化学工業は2015年1月、修飾ヒアルロン酸であるSI-614のドライアイのフェーズII/IIIを修了した。今後、事業パートナーの選定をして、フェーズIIIに移行する考えである。2015年9月に中止となったが、塩野義製薬は加齢黄斑変性症を対象に、ペプチドワクチンであるS-646240のフェーズIIaを進めていた。2016年は、さらに眼科領域が注目される年になるだろう。世界的に眼科領域に特化した企業やベンチャーが買収の標的になると予想する。

 さて、2016年に注目する国内企業としては、中堅企業2社を挙げる。1社は抗癌剤の「オプジーボ」(ニボルマブ)を米Bristol-Myers Squibb(BMS)社と展開する小野薬品工業であり、もう1社は最大の市場である米国で承認となったセレキシパグを創製した日本新薬である。

 オプジーボは2014年9月、悪性黒色腫の適応症で世界に先駆けて国内で発売となった。さらに2015年1月には治療歴を有する肺扁平上皮癌を対象にしたCheckmate-017試験で対照薬のドセタキセル投与群よりも優れた全生存期間を示したとして前向きに早期に終了。米食品医薬品局(FDA)はCheckmate-017試験などの結果を基に、オプジーボを「プラチナ製剤による化学療法での治療中または治療後に進行が認められた転移性肺扁平上皮癌」の適応で承認した。10月にはプラチナ製剤による化学療法での治療中または治療後に病勢進行が認められた切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌の追加適応を承認した。FDAは2015年9月に、進行期、転移性腎細胞癌に対してbreakthrough therapy(画期的治療薬)に指定した。その他、胃癌、食道癌、頭頸部癌、小細胞肺癌など多くの癌種に対して開発が進んでいる。

 BMS社の四半期報告書によると、オプジーボの2015年度第3四半期までの9カ月間の売り上げは4億6700万ドル。今後、悪性黒色腫、肺癌と同じ様に他の癌種においても標準療法を凌駕する成績となれば、ピーク時の売り上げは5000億円超と予想されている。小野薬品の2016年3月期の連結業績予想は売上高1445億円、営業利益152億円だが、今後、オプジーボの売り上げの伸びに伴い、業績は大きく拡大していくことだろう。小野薬品がオプジーボ関連で受け取るロイヤルティ収入は、ピーク時には1000億円を超えると試算する証券アナリストもいる。小野薬品とBMS社の契約によって、ロイヤルティをお互い支払うものの、BMS社の担当地域は北米を含め広いため、小野薬品は利益に直結する多額のロイヤルティ収入を得ることになる。

 セレキシパグは日本新薬が創製したプロスタグランジンI2受容体作動薬で、08年4月にスイスActelion Pharmaceuticals社に導出した。肺動脈性肺高血圧症(PAH)を対象にしたフェーズIIIのGRIPHON試験では、プラセボ群に対して病態悪化/死亡のイベント発生リスクを39%抑制し、高い有用性を示した(p<0.0001)。Actelion社は2014年12月にFDAに申請、2015年12月には「Uptravi」の商品名で承認を獲得した。PAHは肺動脈における異常な血圧上昇を特徴としており、慢性で致死的な疾病であることからもUptraviの市場浸透は早いと見ている。PAH治療薬のトップ製品はActelion社のエンドセリン受容体拮抗薬「トラクリア」(ボセンタン)。2014年には14億8100万スイスフランを売り上げている。重篤なPAHではトラクリアとUptraviとの併用の可能性も考えられるため、株式市場はセレキシパグの大型製品化期待している。

 小野薬品、日本新薬とも、中堅企業だけに大型新薬のロイヤルティ収入によって、高収益企業に一変する可能性は高い。積み上げたキャシュをどのように使うのか。安易に高配当施策に走るのではなく、2016年は人材確保を含めて世界市場に打って出る戦略を株式市場に発信することを期待したい。