世界は今や新たなカオスの状態に入りつつあると憂慮されている。気候変動をはじめとする自然環境の変化、科学技術や自由経済の発展など外形的成果を価値として世界化を必然とする文明と、真善美の追究・成果など精神の内面的充実を求め、また地域や人間関係をもとに固有の伝統や生活様式として育まれる文化との軋轢の深刻化、異なる宗教・民族・思想信条の過度な対立、覇権や利権争いも加わり、答のない混迷の世界に突入することへの危惧を多くの人が感じ始めている。

 しかし、自然環境の変化、文明・文化や宗教・思想信条も人類が生み出したものであれば、人類の叡智で何らかの解を求められない訳はないとの希望もある。夢想を承知でいうと、もし、人々が物事の根源的なところに立ち返って模索すれば、解が得られる可能性は皆無ではない。例えばCOP21パリ協定はそのきざしの一つと言えるかも知れない。

 約46億年前に誕生した地球という宇宙でも希有な場で、同じ括りのDNAを持つホモ・サピエンスは、7-10万年前にアフリカを出て、世界各地に広がったとされる。この途方もない時間の中で、個々の人々は、瞬く間もないほどの一瞬を生きている。ゆえにかけがえがない。その上、時と空間を共にしていることは奇跡的ともいえる。そこに思考や行動の原点をおけないものか。個としてかけがえのない存在という独自性を認めることを他者にも当てはめれば、それは多様な存在を認め、相互の共存を図るために叡智を絞る必要があるということである。生物多様性の維持が強調されるのは、そこに生命体全体がある一定範囲で存続するための恒常性を可能にする根源的要素があるからである。その一方で、生物や人類の進歩や進化があるのは、多様性をベースにした独自性の発揮がその突破口であり、原動力であるからであろう。

 こうした大状況に対して、私達1人1人の言動は蟷螂の斧でしかない。しかし、新年にあたり、地球市民の1人として改めて思いを致すことも大事ではないかと思う。とりわけ、生命科学、医療に関わるものにとって、ヒトの命や健康が、理不尽、不本意な形で損なわれることは本質的に受け入れられない。

小状況も大事。わが国の再生医療の現況と課題に目を転じる。再生医療元年といわれた昨年、薬機法の下で再生医療製品の条件付き・期限付き承認例が出た。しかし、これが企業として採算に合う状態に至るかどうかは予断を許さない。条件付き・期限付き承認の道が開かれたことにより、開発戦略や目標は明確になった。しかし、産業化に至るには多くの要素、過程が必要であり、後続する製品の種類や数がにわかに大幅に増加し、早い時期にそれらが承認申請されるという状況とは必ずしもいえない。早期承認されても、7年後に有効性問題でクリアできなければ、制度を適切に活用したとはいえない。おそらく10年以上のスパンで考えていくのが現実的であると思われる。

 再生医療新法の下での(特定)認定再生医療等委員会も本格的に動き始めた。そこからわが国の現状や課題もいくつか垣間見えだした。医事トラックにおける再生医療といえば、最も一般的には樹立したヒト幹細胞から有用な分化細胞を調製し、重篤な疾患やQOLの著しい低下を招いている疾患を対象に臨床研究を行うというイメージである。それらは第1種あるいは第2種再生医療等提供として引き継がれている。

 新たに加わったのは、従来、医師法・医療法下で自由診療として実施されていた治療の第2種あるいは第3種再生医療提供の認定である。血液や脂肪組織から簡単な処理で得た自己由来特定細胞加工物(例:多血小板血漿:PRP、間質血管細胞群:SVF、免疫細胞等)を形成外科、美容外科、歯科口腔外科、耳鼻咽喉科、整形外科、血管外科などでの疾患治療、癌免疫療法などに適用しようとするものである。これらは国内外で既に治療に用いられていたという実績があるものが多い。裾野も広い。その一方、効能・効果の実体について推論の域をでない、有効性に関しては、施術者の技術依存的であり、客観的な評価データの蓄積に乏しいものが少なからずあるという指摘もある。必要な安全性確保を図りつつ過度に陥らず、迅速に医療提供を是と認定するための評価要件をどうするかは、新たなチャレンジである。

 医療が患者さんのリスク(健康上の不都合さ)を可能な範囲で軽減するものという観点や医療に患者さんのニーズにあった多様な選択肢を提供するという点からからみれば、以下の様な基本的要件を満たすことを条件として認定するのも一案と考えられる。

 「これまでの内外の治療や申請内容からみて安全性上懸念される問題が存在していない」「医師及び医療機関に提供する医療技術に関する専門性や経験がある」「実施する医療内容及び関連情報について、医療側が必要十分な理解と把握をしている」「当該特定細胞加工物の品質の恒常性が適切な範囲内で保証されている」「患者さんの医療ニーズに合致している」「患者さんに当該治療の利点、他の選択肢との比較、限界、リスク等あらゆる情報を明示して説明を行い、同意を得る手順の遵守」「治療結果につき定期報告のほか、適宜報告を行う」「広報は実態にそくしたものとする」

 とはいえ、客観的評価が定まらない治療をいつまでも続けて行くことや、同一の適応疾患に医療費が大きく異なる多くの治療法が存在して患者さんの選択肢がコストにより制約されることは必ずしも適切とはいえない。将来的には、研究者を加えた関係者全体の課題として、例えば、PRPやSVFなどのレベルからさらに踏み出し、それぞれの各適応対象に関する作用本体をより明確にしていくこと、明確にした作用本体をベースにした治療法を開発していくというプロセスを重ねることにより、治療の標準化を目指す方向が望まれる。研究の展開如何では、作用本体は(たとえ混合物だとしても)シーズとして産業化の対象になり、より広汎にかつコスト上の差別なく患者さんのもとに届けられるようになるかも知れない。全体として、申請や認定の簡潔化や効率的運用が今後の課題であろう。

 新制度を生かしつつ、わが国が再生医療製品の実用化を推進していく上で特に考慮すべきと思われる課題をいくつかの視点から改めて考察する。

1)治療効果が明確であればあるほど、薬機法における新制度の恩恵を受ける。そのためには、再生医療新法下でのシーズ・探索研究から速やかな「臨床研究」への展開、「自由診療」というシーズの客観的評価の延長線上としての製品開発など、多様なアプローチをもとに、成果物の真価を見定め、その独自性から産業化に有望なものについては薬事トラックにのせ、早期にできる限り多くの承認事例を創出させることが重要である。可能な限り、わが国独自の再生医療製品を創出することを目指す。地域の規制による地域製品の承認は、地域での総取りに繫がる。医療費も国内産業へ還流すれば、周辺産業への影響も含めて、国内での経済活動の増大や資金還流の増幅につながり、新たな製品開発への原資にもなる。

2)技術面および費用対効果面で、将来を展望しつつ常に研究を重ねるべきは、より均一、安全な製品の高効率生産を可能にする新規細胞基材(例:より非侵襲・簡易・安定入手、細胞種としてより均質に絞られ特性がより明確、量的調達可能、増殖可能な細胞基材)の開発や既存基材の改善である。また、自動化を含む高効率新規培養法(下流での目的外細胞等の残存・安全性・無菌性に関する考慮、試験の最少限化)の開発や簡便、高感度で特異性が高い細胞特性・品質評価法、製品の安定な保存法及び運搬法の開発なども重要である。

3)最終製品の到達目標には、何段階かの将来像があることを展望しておく。例えば、「不均一な細胞集団から適応症にさらに有効な亜種細胞集団として高密度・高均質に絞りこまれたものの開発と、それによる作用機序のより明確化」「単一の最終分化細胞からより生体内の細胞・組織に近い細胞集団に」「組織、器官に」「臓器に」「機能不全の臓器を体外で迅速に修復する生体外医療(ex vivo Medicine)のためのスペア・パーツとしての自己細胞製品の開発構想」など。

4)自己細胞、同種細胞は治療目的、対象疾患等で使い分ける。各種細胞種も同様。

5)海外からの高価格の培地、試薬、培養機器等の周辺機器を本邦で調達することによる低価格化。国内の再生医療製品製造販売産業の振興と軌を一にした周辺産業の振興による効率的・効果的な研究開発・実用化。

6)先駆的・創造的規制環境の整備や審査等の適切な運用は、国内産業の振興や国際的優位性確保のための重要な鍵である。

7)国全体としては、将来設計として再生医療による患者の社会復帰、加療期間・頻度の軽減、介護者の負担軽減などによるトータルとしての医療費削減、社会の活性化、経済効果を考え、当面、薬価や補助金等で適切な配慮・支援措置を講ずることが重要である。

8)再生医療に取り組むことによって得られる生命科学的、医学的知見獲得や革新的技術開発への波及効果はきわめて大きいことの認識の共有。

 再生医療を含む科学技術政策においても、研究課題面及び研究費配分面で多様性をベースとしつつ、その中にあって普遍性が高い優れた独自性があるものはよりその輝きを増すことができるよう支援することが重要である。多様性と独自性の共存による相乗効果は計り知れない。