人類の繁栄は、植物の品種改良による食料増産と化学肥料や農薬を多用する栽培法によって支えられてきたと言っても過言ではありません。環境への負荷を低く抑えつつ地球温暖化による環境変動の激化に対処するためには、植物の改良をより高速化、高効率化することが必要です。一方、我が国においては、国家安全保障上の重要性のみならず、温暖化への対応、TPP加盟後の輸出戦略の主要対象の一つとして、穀類から野菜、果樹等さまざまな農作物の品質向上や増産が求められています。

 植物改良に向けた新規技術としては、やはりゲノム編集技術を含むNPBT(New Plant Breeding Techniques)とNGS(Next Generation Sequencing)データの活用への期待が大きいようです。しかし、NPBTについては、ゲノム編集で一部feasibility studyが始まってはいるものの、概ね基礎研究が緒についたばかりの状態であり、社会実装にはかなりの距離があると言わざるをえません。また、海外で開発された要素技術に大きく依存していること、GMOと同様に社会受容に対する懸念を払拭しきれない点も気がかりです。さらに、複数の遺伝子で制御されている(QTL)重要な農業形質にどのように対処するかも大きな技術的課題です。

 これに対して、NGSは分析コストの低下と情報処理技術の進歩によって植物分野でもかなり普及し、かつては主要作物に限られていたゲノム解読や遺伝子発現解析も今では幅広い植物種を対象として行われています。これによって遺伝子同定やDNAマーカーの開発が格段に容易になり、さまざまな農業形質とリンクするDNAマーカーの開発や原因遺伝子の同定が加速されると考えられています。しかし、このためには、複雑な農業形質をより正確に定量化する技術や、さまざまな自然環境下でゲノム情報と形質を関連づけるための統計処理法の改良やモデル化技術の開発が行われることが必要です。

 このような先端的な技術を導入することによって、現在の植物改良技術が急速に進展することが期待されますが、実際にはそのスピートはかなり遅く、現場の需要に対応できるようなものではありません。その理由として、まず農業環境の個別要素が複雑であること、農業形質やその遺伝的制御機構が多様であることがあげられます。さらに、他の分野と同じく、研究段階や技術開発段階と社会実装との間に技術的、意識的な深いギャップがあることも大きな課題です。一方、DNAマーカーの活用等実用レベルに達している技術については、民間種苗会社での人材の確保や分析コストの負担が問題になっています。

 山積するこれらの課題を解決するための動きはすでに始まっています。NPBTは、基礎研究レベルで技術的な可能性が検討されるのと平行して、一部については社会実装を目標とした研究開発が進められています。また、さまざまなOmics情報を計算機技術と組み合わせて、自然環境変動下での植物の反応をモデル化しようとする試みも始まっています。我が国の植物分子生物学は基礎研究のレベルでは世界で高く評価されています。これらの優れた研究者が、実用技術の開発により強く関わることで、我が国独自の植物改良技術を生み出すことを強く期待したいと思います。さらに、幅広い植物種を対象とするさまざまな改良の技術開発を一元的に俯瞰し、即応性が高く効果的な戦略が立案できるような体制の整備も望まれます。

 弊所は、地方自治体に支えられる公益法人として、応用に向けた高度な基礎研究から中立的な立場での社会貢献、産業支援に至る幅広い活動に努めてきました。本年は、省庁、産業界との連携をさらに強めて、先端的技術をダイレクトに産業に活用するためのサポートをより強化してゆきたいと考えております。

キーワード:環境変動、ゲノム編集、TPP