皆様、あけましておめでとうございます。

 薬剤費の問題が医療者の間の大きな関心事になってきました。

 昨年11月に横浜で開かれた第56回日本肺癌学会学術集会で、日本でも肺癌について本格的な導入が始まる免疫チェックポイント阻害薬の薬剤費を中心議題とするシンポジウムが開催されました。これまで患者が400人から500人と少ない悪性黒色腫でのみ認可されていた薬剤が5万人の患者を数える非小細胞肺癌への適応拡大が認可されました。

シンポジウムを提案し、座長を務めた日赤医療センター化学療法科部長の国頭英夫氏の試算では、1年間5万人にその薬剤を使用した場合、薬剤費は総額で1兆5000億円を超えます。しかも高額療養費制度の中では、患者自身の負担は約2%。98%は税金です。1000兆円を超える負債を抱える日本国にとって大きな負担になることは間違いありません。

学会を構成する医療者に向けて国頭氏が講演抄録に書いた一文には、学会の抄録という既成概念を粉砕する迫力がありました。

「国破れて山河は残るかも知れないが、癌医療は残らない。そして国は破れつつある。これに目を背ける人を私は医者としてより国民として認めない」

シンポジウムの翌週、国頭氏をお訪ねすると「イマチニブが出たときに気付くべきだった」と語られたのが印象的でした。インターフェロンや造血幹細胞移植でも治癒させることができなかった慢性骨髄性白血病は、2000年代初めの分子標的治療薬イマチニブの登場により、不治の病のイメージから脱却することに成功しました。原因であり標的でもあるフィラデルフィア染色体が発見されて約50年。バイオメディカル研究の金字塔といってよい成果です。そのイマチニブでさえ、薬剤費をいかに軽減していくかが問題になり、そのための臨床研究が進められています。代表的なSTOP試験は慢性期の慢性骨髄性白血病患者のうち、治療によって分子遺伝学的完全寛解を達成した患者にイマチニブ投与を中止できるかを検証した臨床研究です。イマチニブ投与を中止する、もしくは頻度を減らす可能性が造血器腫瘍の分野の大きなテーマです。

癌ばかりではありません。多くのリウマチ患者を診療する全国の病院が集まった「実地医生物学的製剤研究会」という組織があります。この会の活動テーマの1つが「生物学的製剤の使用量を減らしながら、治療効果を維持する方法の探索」です。そのために会員病院間でカルテ情報を共有する仕組みが構築されています。

質が高い研究から画期的な新薬を開発し、幻想的に売れる――。創薬に携わる方々にとっての大きな夢です。これからはその夢の中に費用対効果を高い薬剤を創成するということも入るべき時代ではないかと思います。費用対効果評価が注目されているのは、薬剤費の拡大に機械的に歯止めをかけてくれるシステムの構築を求める心情が行政の間で強くなってきている現れかと思います。

 昨年末、「そろそろ仕事納め」という気分になり始めていた12月25日、日本製薬工業協会から「平成28年度薬価制度改革について」というプレスリリースが送られてきました。そのプレスリリースは後半の部分で、平成28年度に厚生労働省が試行的な導入を計画している「費用対効果評価」に言及しています。曰く、「今回の試行導入は、本格的な導入を前提とせず、現行薬価基準制度における医療技術評価のあり方、及び費用対効果を実施する意義を検証することを目的として行っていただきたい」。

 厚生労働省は先行して明らかにした「試行的導入の今後のスケジュール」の中で、平成28年の2月に試行的導入における選定基準・運用方法を決め、平成28年度改定に試行的導入を行うことを表明しています。さらに費用対効果評価専門組織(仮称)を立ち上げ、平成29年度以降に薬価について費用対効果評価再算定を実施する方針とのことです。

カントの「純粋理性批判」に有名な比喩があります。飛行中に空気の抵抗を感じる鳩は「真空の中ではもっとうまく飛べる」と考えるかもしれない。しかし、空気がなければ飛ぶことも不可能になるのです。製薬業界にとっては費用対効果評価の試行的導入を歓迎しない声もあるでしょう。逆風かもしれません。でもその逆風下で飛ぶことができた製薬会社だけが生き残ることができるのです。今年は、日本製薬工業会が指摘したように「医療技術評価のあり方、及び費用対効果を実施する意義の検証」が本当に重要な年になると思います。

というわけで、よろしくお願い申し上げます。