新型コロナウイルスの影響で、様々なスポーツ大会が中止や延期に追い込まれています。その最たる例が東京オリンピック・パラリンピックですが、全く新しい試みで開催を目指すスポーツ大会が出てきました。神奈川県の大磯町や平塚市などで開催される湘南国際マラソンです。湘南国際マラソンは約2.5万人が参加する、全国でも有数の大規模大会です。これだけたくさんの人が参加するとなると「密集」が避けられません。それを回避するために、世界で初めての取り組みを実施することになりました。その答えが「マイボトル・マラソン」です。

2021年2月28日(日)に予定されている第15回湘南国際マラソンでは、マイボトルかマイカップを携帯して走る規則とした。なお、湘南国内マラソンは長らくニューバランスがスポンサーを務めてきたが、第15回大会からノースフェイスがスポンサーになることになった

 マラソン大会では3kmから5kmごとに給水所が設置されるので、フルマラソンだと給水所が10カ所から13カ所あります。ランナーはそこで水やスポーツドリンクを飲むことができますが、屋外とはいえ給水ポイントでは多数の人が密集してしまいます。そこで湘南国際マラソンでは発想を転換しました。給水所を一挙に500カ所以上に増やすというのです。単純に計算すると84mごとに設置されることになるため、各ランナーは喉が渇いたタイミングで水分を補給することができます。その結果、給水ポイントでの混雑が避けられるという算段なのです。

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給水ポイントに設置される給水器(ジャグ)

 問題はそれだけ多くの給水ポイントを設けると、サポートするボランティアも多数必要となり、何よりもゴミが大量に発生してしまうということ。湘南国際マラソンではこれまで、給水のためだけに3万1500本のペットボトルが必要で、50万個以上のカップが使い捨てとなっていました。そこで2021年2月28日に予定されている第15回大会から、ランナーにはマイボトルかマイカップを携帯して走ってもらう規則としました。ランナーは給水器から自分でマイボトルかマイカップに水を注ぎます。そうすれば、ボランティアの数も大幅に減らせます。

やっぱりプラスチックは「悪者」なのか?

8月4日に都内で開催された湘南国際マラソンの記者発表会。大会名誉会長の河野太郎氏は「ゴミを出さない世界初のマラソン大会に参加してほしい」と訴えた。河野氏は環境問題に熱心な政治家として知られる

 こうした概要は、2020年8月4日に都内で開催された記者会見で明らかとなりました。冒頭には大会名誉会長を務める河野太郎氏(防衛大臣、神奈川県第15区選出)が登壇し、「ゴミを出さない世界初のマラソン大会に参加してほしい」と呼び掛けました。私もランナーの1人として、レース中に発生する大量のゴミが気になっていました。給水所の近くは足の踏み場も無いほどカップなどが散乱します。1秒でもタイムを縮めたいという心理からか、用意されたゴミ箱にきちんとゴミを捨てないランナーも少なくありません。それが改善されるなら、間違いなく良い取り組みでしょう。ボトルを持って走ることに抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、走りながらちびちびと給水できるというメリットもあります。

 ただ、会見を聞きながら、違和感も覚えました。環境問題への取り組みについて、東京農工大学の高田秀重教授(本大会のプラスチックフリー監修役を務める)は「ペットボトルは一番の環境汚染者」と説明しました。高田教授によると、日本でも年に数億本のペットボトルが河川を通じて海に流れてしまっており、いずれは分解されてマイクロプラスチックとなり、生態系全体を汚染しているというのです。ウミガメやクジラなど海洋生物の体内から大量のプラスチックゴミが発見されたニュースに触れれば、誰でも心を痛めるはずです。ただ、悪いのはプラスチックなのでしょうか。問題の本質は、ルールに反してゴミを投棄する人間の側にあると私は考えます。

 石油由来のプラスチックは燃やせば二酸化炭素を発生させるため、環境問題を議論する際には必ず「悪者」にされます。ただ、我々の生活を支える様々な製品は、プラスチックがなければ成り立ちません。自動車の軽量化で燃費が良くなったのも、冷凍食品をレンジでチンして手軽に食べられるのも、高機能なプラスチックが開発されたからです。医療従事者をウイルスから守る防護服もプラスチック製です。また、途上国でも廃棄プラスチックの問題が起きているのは、(逆説的かもしれませんが)貧しい国でも使い捨てにできるほどプラスチックが安価だからです。しかも耐久性が高いため、プラスチックは我々の生活を彩るために欠かせない素材となりました。

 化学業界も手をこまぬいているわけではありません。植物など生物資源(バイオマス)を原料とするバイオマスプラスチックは、既に多くの化学メーカーが提供しています。バイオマスプラは燃やしてもカーボンニュートラルとみなされます。またカネカは、たとえ海洋に投棄されたとしても、半年以内に水と二酸化炭素にまで分解される生分解性プラスチックを実用化しています。こうしたバイオプラスチックは価格が高いため、本格的に普及しているとは言い難いのが実情です。それでもテクノロジーによって解決策を示していくことが、建設的な議論を導いていくことにつながります。原理主義的に脱プラスチックを叫んだところで、賛同者は限られるでしょう。繰り返しになりますが、プラスチックは素材として余りに優れているため、簡単には代替が利かないのです。

スポンサーのノースフェイスが働きかけ

ゴールドウイン常務執行役員の森光氏

 実は、世界初のゴミレス大会を仕掛けたのは、今回から湘南国際マラソンのスポンサーとなる「THE NORTH FACE」(運営はゴールドウイン)でした。アウトドアブランドのノースフェイスは、トレイルランニングでは複数の大会でスポンサーを務めてきました。山中を駆け回るトレイルランニングではランナーがボトルなどの荷物を持って走るのは当然であり、大会では自分のゴミは自分で持ち帰るのもエチケットとなっています。そのトレイルランニングの「常識」をロードランニングの大会にも広げたいと考えていたところ、「湘南国際マラソンが受け入れてくれた」とノースフェイスブランドを統括する森光氏(ゴールドウイン常務執行役員)は打ち明けます。

 そもそもゴールドウインの手掛ける製品は、アパレル製品にしろテントなどのアウトドア用品にしろ、多くはプラスチックを使用しています。大会に参加するランナーに配られる予定のソフトカップも、熱可塑性エラストマーという樹脂から作られています。ゴールドウインが湘南国際マラソンを通じて訴えたいメッセージは、脱プラスチックではなく、環境に配慮したロードランニングの大会を日本から世界に発信していきたいということなのです。

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ノースフェイスが販売している「ランニングソフトカップ200」(税込1540円、左)。柔軟な素材でできており、折り畳んでポケットにもしまえる(中央)。湘南国際マラソンの参加者には大会のロゴが入った同等品が提供される見込みだ。参加賞となるTシャツはペットボトルリサイクルによる線維を使っている(右)

 全く新しい取り組みだけに、ランナーにとっても運営事務局にとっても様々な「不便」が生じるはずです。特に給水所でタイムをロスしたくないシリアスなランナーは、給水のために立ち止まることに相当な抵抗感を覚えるでしょう。冷たい言い方になりますが、嫌なら参加しなければいいのです。給水ポイントで数秒ロスするなら、それを挽回するだけの力を備えればいいのではないでしょうか。

 コロナ禍によって、我々は今までのやり方が通じなくなったことを一方的に知らされました。今後はマスクの着用を義務化したり、オンラインの大会も増えたりするでしょう。限られた条件の中で、リアルの大会が開催されるだけでも喜ばしいことです。湘南国際マラソンは、新型コロナの感染状況を見ながら2020年12月10日までに開催の可否を決定します(中止の場合は参加料を返金する)。ベストを尽くしてゴールを駆け抜けた瞬間、周囲のランナーやボランティアと、ハイタッチならぬエアタッチで、完走をお祝いしたいものです。