中外製薬は2021年5月12日、3月に最高経営責任者(CEO)に就任した奥田修社長の記者懇談会をオンラインで開催した。奥田CEOは「2030年に向けた新成長戦略」として、世界最高水準の創薬実現と先進的事業モデルの構築が2つの柱になると語った。その実現に向けて掲げたのが「DX」「Open Innovation」そして「RED SHIFT」だった。

奥田修(おくだ・おさむ)氏
1963年4月岐阜県生まれ、58歳。1987年岐阜薬科大学卒業後、中外製薬入社。以来、自社創製医薬品の海外展開に携わり、アクテムラの臨床開発責任者、後にライフサイクルリーダーなどを務めた。2014年執行役員、2015年執行役員経営企画部長。中期経営計画「IBI 18」および「IBI 21」、ならびに2019年発表の新ミッションステートメントの策定を主導。2020年、代表取締役社長 最高執行責任者(COO)、2021年 代表取締役社長 最高経営責任者(CEO)就任(現職)。趣味はスキー、ゴルフ、料理、釣り

 奥田社長による記者懇談会は1年ぶりだが、CEOとしては初めて。12日は、トヨタ自動車やソフトバンクグループが本決算を発表するなど、3月期企業の決算発表がピークを迎えた日だ。製薬・バイオ業界でもエーザイや(社名変更を明らかにした)大日本住友製薬、そして三菱ケミカルホールディングスや富士フイルムホールディングスなどもこの日に決算を発表した。正直に申し上げて、日本の経済メディアが1年で最も忙しい1日であった(注)。

 中外製薬が事前に配布した社長懇談会の資料に目新しさはなかった。冒頭の社長説明では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬について幾つか言及はあったものの、とくに踏み込んだ発言はなかった。これじゃ記事が書きにくいなぁ・・・と私は落胆しかけたが、不思議と腹は立たなかった。理由は、奥田CEOの話しぶりだった。記者から質問を受け、それを反芻し、自らの言葉で丁寧に説明していた。もちろん、広報が用意した資料を読む場面はあったし、開示できないことも少なくなかった。それでも、自分の考えを記者に伝えたいという奥田CEOの心意気を(Zoomの画面越しながら)感じた。

 奥田CEOが繰り返し語っていたのが、中外製薬にとってイノベーションが、文字通り「生命線」であるということ。今どき、イノベーションの重要性を語らない社長などいない。ただ、中外製薬の場合、イノベーションが途切れると「自らの城」を守れなくなるかもしれないという危機感がハンパないのだ。

 スイスRoche社との戦略的なアライアンスは、傍目には理想的な関係に見える。米Genentech社を含めたRocheグループからピカピカの新薬が国内向けにもたらされ、中外製薬も手間とカネのかかる海外での後期臨床開発や販売をRocheグループに任せられる。同業他社が羨むそのアライアンスの前提になるのは、グローバルに通用する新薬(候補)を中外製薬が生み出し続けることだ。そのことを奥田氏は、アクテムラの臨床開発責任者としてRoche社と協働する中で痛感してきたのだろう。トップになった今、イノベーションの重要性を繰り返し説いている。

目線の先は世界

 そのイノベーションを量産するため、キードライバーとして掲げたのが「DX(デジタルトランスフォーメンション)」と「Open Innovation」そして「RED SHIFT」だ。前者2つは今や説明が不要なので、本稿では「RED SHIFT」について奥田CEOの言葉を交えながら紹介する。

 REDは、「Research(研究)」と「Early Development(早期開発)」の総称だ。新薬の開発では、探索研究から前期臨床試験でPOC(概念の実証)を取るまでのプロセスを指し、Roche社との戦略的なアライアンスの中で中外製薬に求められる機能でもある。そのため中外製薬は今後、(リサーチを担う)研究本部、Translational Research本部、製薬本部の一部、臨床開発本部の一部に、ヒト・モノ・カネを集中して投入していく。それを奥田CEOは、RED SHIFTと呼んでいる。製薬本部まで含めるのは、バイオ医薬品の場合、商用生産まで見越して治験薬を素早く製造できなければならないという意識があるからだ。

 1時間あまりの社長懇談会を最後まで聞いて、私には確信したことがある。それは中外製薬における不退転のグローバル志向だ。目を向けているのは世界であり、薬価改定の影響を受けて減収や減益に苦しむ同業他社などは目にも入っていないのではないか。売上高では国内5位ながら、時価総額ではダントツ1位の中外製薬。5期連続の増収増益に突き進む同社には、見えている景色が違うのだろう。

(注)社長懇談会は5月14日にも開催される。