編集長の目

WHOの感染データに疑い?オックスフォード大研究者がシカトを決定

(2020.03.24 09:00)
2020年03月30日号
坂田亮太郎

 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、世界保健機関(WHO)に注目が集まる。ただ、WHOの発表資料をつぶさに見ていくと、首をかしげざるを得ないことが少なくない。「Tedros事務局長は中国寄り」とも指摘される中、英Oxford大学の研究者が感染症のデータ源からWHOを外すなど、事実上のシカト宣言まで飛び出した。世界的な大流行が拡大する中、信頼できるデータがどこにあるのかを検証した。

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 「あれ?」──世界保健機関(WHO)が毎日配信している「Coronavirus disease situation reports」を眺めていたとき、思わず目が留まりました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に注目され始めた1月中旬から、WHOは土日も含めて毎日欠かさず感染状況を公表してきました。各国の報道機関などが提供している新型コロナの感染マップも、大半はWHOのデータに依存しています。

 その57回目に当たる3月17日のリポートで、WHOは発表資料の様式を“地味に”変えてきました。リポートの1ページ目で感染状況を示した世界地図と全世界の感染者数がハイライトとして示されているのですが、その感染者数の内訳が変わったのです。56回目まで「中国」と「中国外」に分けて表記してきたのに、57回目から世界を6地域に分けて公表したのです。具体的には中国のデータを、日本や韓国そして東南アジアやオーストラリアなども含めた「Western Pacific Region(西太平洋地域)」に合算しました。

図1 Coronavirus disease 2019 Situation Reportのハイライト
3月16日(56回)のリポートまでは全世界の感染者数と死者数の内訳を中国と中国外に分けてきたが(左)、3月17日(57回)から中国のデータを「Western Pacific Region(西太平洋地域)」に合算した(右)。いずれも出典は「Coronavirus disease situation reports

 公平を期するために補足すると、中国単独のデータ(感染者数と死亡者数)はリポートの後半には出てきます。そのため中国の実態を知りたければ、ページを先に進めれば調べられます。ただ、これまでずっとリポートの目立つ位置に表示されていた中国の感染者数が、リポートの後ろの方に引っ込んだのは紛れもない事実です。

中国の省別の感染者数もこっそりと非開示に

 実は、リポートの様式は56回(3月16日)も変わっていました。57回目の変化に気がついて前後のリポートを見直していたところ、56回目はとても地味とは言えない大きな変更がなされていたのです。

写真1 WHOのTedros事務局長
Tedros Adhanom Ghebreyesus氏。2017年にWHOの事務局長に就任(任期は5年間)。マラリアの研究者として数々の論文を発表している(画像:123RF)

 中国についてはそれまで、省や地域別に感染者数と死亡者数のデータが独立した表(Table1)としてまとめられていました。それも、各国のデータ(Table2)より前に置かれていました(55回のリポート2ページを参照、各国のデータは3ページ以降)。それはCOVID-19の由来を考えれば自然な成り行きです。中国政府はこの新型感染症が中国内で発生したことを公式に認めていませんが、中国湖北省の武漢市で最初に感染者が確認されたことは紛れもない事実です。その後も湖北省を中心に感染が拡大し、3月1日時点でも世界の感染者の9割は中国が占めていました。こうした歴史的な経緯から、WHOは中国内の感染状況を詳しくリポートしてきました。それが3月16日以降、公式リポートから中国の省別データを排除してしまったのです。

 もっともWHOのTedros事務局長は3月13日の会見で「今や欧州がパンデミックの中心地になった」と語っています。図2に示したように、新型コロナウイルスの新規感染者の数を日別に比べてみると、2月後半から中国内の新規感染者の数は明らかに減り(グラフの緑色部分)、その代わりに欧州(オレンジ色)の感染者が急増しています。国際機関であるWHOとして、中国のことだけを殊更にフォーカスしたリポートを出し続けるのはバランスに欠けるという判断があったのかもしれません。また、WHOは世界を6地域(アフリカ=AFRO、アメリカ=AMRO、南東アジア=SEARO、ヨ-ロッパ=EURO、東地中海=EMRO、西太平洋=WPRO)に分けており、57回目のリポートからその区分ごとにデータを公表するようにしただけなのかもしれません。ただ、2日連続で起きたリポートの変化を見て、私は率直に思いました。WHO(というかTedros事務局長)はまたも中国に忖度したのではないか、と。

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図2 新型コロナウイルスの新規感染者数(日別、全世界)
出典:Coronavirus disease 2019 Situation Report – 57/WHO

 WHOのTedros事務局長は、これまで中国を擁護しているとも受け取れる発言が目立っていました。エチオピアは中国から多額の融資を受けています。そのエチオピアでTedros氏は外務大臣や保健大臣を歴任してきました。こうした経緯からTedros氏は中国に特別な配慮をしているのではないかという指摘が、欧米メディアから度々出ていました。1月28日には中国・北京を訪れ、習近平国家出席と会談。その後、WHOは世界的に「武漢肺炎(Wuhan coronavirus)」という名称が定着しかかっていたこの感染症を、「COVID-19」と呼ぶことを決めました。2月11日のことです。

「WHOのリポートはエラーが多く、履歴を残さず修正される」

 WHOの不穏な変化に首をかしげていたところ、英国の研究者からもWHOに不審の声が上がりました。Oxford大学の経済学者や地質学者などが設立した非営利組織「Our World in Data」は3月19日、「WHOのデータに依存するのをやめた理由」という趣旨のリポートを公表したのです。

 Our World in Dataは貧困や病気、そして気候変動などの社会的な課題に対して、客観的で正しいデータを提供するための活動を続けています。その一環でCOVID-19についても精力的にデータを集め、ウェブサイトを通じて分かりやすく情報を発信してきました。

 そのOur World in Dataも世界中のメディアや研究機関と同様に、COVID-19に関してWHOを唯一のデータソースとして頼ってきました。感染症について、全世界にデータを提供する権限を持つ唯一の国際機関だからです。Our World in Dataが問題視したのは、58回目(3月18日)のリポートにおける変更でした。WHOはこの日から、データのカットオフ(締め切り)時間を、欧州中央時間(WHOの本部があるスイス・ジュネーブの時間)の午前9時から午前0時に変更してしまったのです。その結果、「以前の数字との比較可能性が損なわれた」とOur World in Dataは指摘しています。

 Our World in Dataのリポートを最初に読んだとき、「そこを突っ込みますか?」と正直思いました。確かにデータを更新する時間を変えると、データの一部が重複したり、欠けてしまうでしょう。その結果、グラフの連続性が失われるなどの弊害もあります。それでも、ある一定の期間でデータを追っていけば、傾向を理解することは可能なはず。ただ、問題はもっともっと根深いようです。

 Our World in Dataによると「WHOのリポートには多くのエラーがあり、発見するとすぐにWHOに通知し、WHOのチームと密接に連絡して、指摘したエラーを修正してもらってきた」のだそうです。しかし、見つかったエラーがすべて修正されるわけでなく、ほとんどのエラーは履歴も残さずに修正されるか、未修正のまま放置されるというのです。これではWHOに対する信頼性が揺らいでしまいます。

 私はWHOを擁護する立場にもありませんが、WHOが大変な状況に置かれていることは想像がつきます。公衆衛生に関して専門知識を持つ職員が1万人近くいる巨大組織とはいえ、未曽有の感染症を前にWHOの現場はかなりてんてこ舞いになっているはず。人間ですからミスはするのは仕方が無いことです。それでも世界の公衆衛生に責任を持つWHOのデータについて、信憑性に疑いがあるのであれば看過できません(本件について、WHOやOur World in Dataに取材を申し込んでいるので、返事があれば続報します)。

WHOをシカトしても大丈夫なのか?

 Our World in DataがWHOのデータを使わないのは自由ですが、唯一のデータ源をシカト(無視)しても大丈夫なのでしょうか。その点、Our World in Dataは慎重に検証を重ねてきたようです。新型コロナウイルスの感染状況をグローバルに情報提供している組織として、欧州疾病予防管理センター(ECDC:European Center for Disease Control and Prevention)と米Johns Hopkins大学を選出。WHOを含めて3つを比較した結果、Our World in Dataは今後、ECDCのデータを採用することにしました。

 その結論を導く上で重要な役割を担ったのは最新のデジタル技術です。WHOは症例の情報源を各国政府からの直接報告に頼っています。感染がこれだけ広範に広がると、情報を集約するのにも時間と手間がかかり、またミスも発生するはずです。一方、ECDCとJohns Hopkins大学は世界中の情報リソースからデータを自動的に吸い上げていきます。その差は歴然です。WHOの感染マップは1日に3回更新されますが(3月24日現在)、Johns Hopkins大学は早ければ15分おきに更新されます。感染者がこれだけ急激に増えている環境下では、1日3回の更新では遅いと感じます。ただ、Johns Hopkins大学の数字は、WHOの数字より大きめに出る傾向があります。これは、同大学が「推定陽性症例(presumptive positive cases)」も含めているからです。推定陽性症例は、各国の州または地方の研究所レベルで確認されているが、国立の研究所(例:米国疾病予防管理センター=CDC)では確認されていない症例を指します。

 ECDCのデータは更新頻度が1日1回と多くないものの、データの信頼性は高いようです。Our World in Dataは「ECDCから一貫して公開され、クリーンに維持されたデータである」ことを評価項目としています。また、データが誰でもダウンロードできるようにしてあることも利便性を高めています。国別、日別の感染者と死亡者のデータがCSV形式で利用できます。ただし、欧州内のサーバーにアクセスするためか、日本からダッシュボードを表示するのには若干の時間がかかります。

 以下に、3つの組織のデータベースについて特徴をまとめました。アクセスしていただければ分かりますが、ECDCやJohns Hopkins大学のダッシュボードはWHOよりも機能が豊富で、使いやすくなっています。一方、WHOもデータの提供方法を進化させています。感染が急拡大している欧州とアフリカについて、状況をグラフィカルに表示するダッシュボードを3月22日から追加して提供しています。

表1 新型コロナウイルスの感染状況をグローバルに提供している主な情報源
 世界保健機関
(WHO:World Health Organization)
欧州疾病予防管理センター
(ECDC:European Center for Disease Control and Prevention)
ジョンズ・ホプキンズ大学
(Johns Hopkins University)
組織の概要1948年に設立された国際連合の専門機関。本部はスイスのジュネーブ欧州連合の専門機関で、伝染病の予防を目的に2005年に設立された。本部はスウェーデンのストックホルム米メリーランド州ボルチモアに本部を置く私立大学。世界でも最高水準の医学部を有する
COVID-19に
関する情報
1月21日から毎日更新。リポートの更新時間は58回目から00:00(欧州中央時間=CET)に変更2019年12月31日から毎日更新。欧州中央時間の午前6時から10時にデータを収集して、国別に時系列のデータを更新1月20日から更新。同大学システム科学工学センター(CSSE)が運営している。モバイル向けの情報もあり
対象となる指標国別の感染者総数・新規感染者数、死亡者総数・新規死亡者数国別の新規患者数と死亡者数(累積データはCSVファイルにまとめられている)国別(中国は省別)の感染者総数・新規感染者数、死亡者総数・新規死亡者数、回復者の数
対象外の指標検査の数、回復者の数検査の数、回復者の数検査の数、感染者の症例内訳
データソース各国政府からの直接報告各国の省庁や公衆衛生機関のWebサイトなど、ECDCが複数のソースから取得するグローバルデータ中国の医療コミュニティーメンバーが運営する「DXY」をベースに各国・州・市の保健当局の症例報告を自動で収集
ダッシュボード全世界の感染マップは1日3回更新、感染者と死亡者の総数も表示(全世界: https://experience.arcgis.com/experience/685d0ace521648f8a5beeeee1b9125cd、欧州版:https://who.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/ead3c6475654481ca51c248d52ab9c61全世界の合算データだけでなく、国や地域を選んで時系列で感染者や死者数を表示できる。データの更新は1日1回( https://qap.ecdc.europa.eu/public/extensions/COVID-19/COVID-19.html全世界の感染マップはほぼリアルタイムに更新。感染者、死亡者、回復者の数も表示( https://gisanddata.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/bda7594740fd40299423467b48e9ecf6
リポートhttps://www.who.int/emergencies/diseases/novel-coronavirus-2019/situation-reportshttps://www.ecdc.europa.eu/en/geographical-distribution-2019-ncov-caseshttp://www.centerforhealthsecurity.org/resources/COVID-19/index.html
国別、日別のデータ(ダウンロード可能)なしhttps://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/download-todays-data-geographic-distribution-covid-19-cases-worldwideなし

統計データで浮かび上がる新型コロナの現実像

 この原稿をまとめた3月24日の午前9時現在(日本時間)、全世界の感染者数はWHOが33万4981人、ECDCが33万8307人、Johns Hopkins大学は37万8287人と発表しています。残念ながら、その数が40万、50万と増えていくのは確実な情勢で、100万人を超えてしまう可能性も高まってきました。死者は3月20日に1万人を突破しました。ただ、全世界に感染が拡大してしまった今、感染者の総数ばかりに目を奪われると実態を見誤ると懸念しています。今注目すべきは、国(地域)ごとに新規感染者の数がどのように変化しているかだと私は考えます。

 下の2つのグラフは日本とイタリアの新規感染者の日別変化です。日本は新規の感染者が数十人規模でダラダラと続いている状態ですが、イタリアは爆発的に急増していることが分かります。これだけ状況が異なれば、政府として取るべき政策は当然変わります。欧州や米国では海外への渡航を原則禁止しているのに対し、日本は国内から海外への渡航について注意喚起しているだけです(感染症危険情報レベル1、3月18日発令)。こうした日本の対応を手ぬるいと批判する向きもありますが、最高レベルの警戒態勢を国民に長期間強いれば弊害も生じます。やはり、国情に合わせて柔軟に政策を選ぶべきではないでしょうか。

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図3 日本とイタリアの感染者数の日別推移
出典:ECDCのダッシュボードからデータを抽出

 最後になりますが、Johns Hopkins大学が公表している感染から回復した人の数も今後重要な指標になってくると私は予想しています。新型コロナウイルスに対するワクチンは全世界で精力的に開発されていますが、試験的なレベルでもワクチンが打てるようになるのは2020年の終わり頃と見込まれています。それも当初は供給量が相当限られるはずです。新型コロナウイルスは致死率がそれほど高くない一方、潜伏期間が長く、感染力が高いという特徴が分かってきました。人の往来を遮断して感染のピークを少しでも後ろにずらすのは重要ですが、ウイルスに対して免疫(抵抗力)を持った人が国内で増えるほど「集団免疫効果」は高まってきます。その意味で、ウイルスに感染しても無症状だった人の免疫がどうなっているのか。こちらも詳しく調べてみる必要がありそうです。

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