日本発のアカデミア創薬としては、異例の大型契約に発展した。東京農工大学応用生物科学科の蓮見惠司教授の研究成果を実用化するため、2005年に設立されたのがティムス(東京・府中市)だ。同社は2021年5月12日、急性期虚血性脳卒中の治療薬候補として開発中のTMS-007について、共同研究先の米Biogen社がオプション権を行使したと発表した。これに伴いBiogen社は一時金として1800万ドル(約20億円)を、さらに今後のマイルストーンとして最大3億3500万ドル(約372億円)をティムスに支払うことになった。上場への道が一気に開けたことを受け、同社の若林拓朗社長に話を聞いた。

ティムスの若林拓朗社長
ティムスの若林拓朗社長
大学発ベンチャー投資に特化したベンチャーファンドを日本で初めて設立した経験を持つ。投資先 の1つがティムスだった

 ティムスは、真菌Stachybotrys microspora由来の生理活性物質の臨床開発を進めている。ベースとなっているのは、東京農工大の蓮見教授の研究成果だ。蓮見教授らは200株以上の微生物ライブラリーから、様々な生理活性物質をスクリーニングしてきた。ティムスは東京農工大が保有する特許の実施権の譲渡を受け、事業を行っている。

 同社のSMTP(Stachybotrys microspora triprenyl phenols)は、線溶系(血栓の溶解)を促進する新規の小分子化合物だ。SMTPは主にメバロン酸やアミノ基などで構成されており、ビタミンEに類似した化学構造を持つ。プラスミノーゲンのフィブリンへの結合とプラスミンの活性化を促進し、プラスミンが血栓を溶解する。健常人で血栓が溶けるサイクルを早める仕組みと同じため、出血リスクが低いという特長を持つ。

出血リスクを抑える次世代の血栓溶解薬

 臨床開発中のTMS-007は、脳卒中の治療薬として2つの作用機序を持つ。1つは、血栓に集積した前駆体プラスミノーゲンを活性化させ、血栓の溶解を促す作用だ。脳卒中の既存薬である組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)は、血中に循環しているプラスミノーゲンも活性化させてしまうため、全身の出血リスクが高まることが指摘されている。一方でTMS-007は、血栓に集積したプラスミノーゲンだけに作用するため、出血リスクを抑えることができると考えられている。

 2つ目は、血栓部位での炎症を抑制する作用だ。SMTPには、抗炎症活性を持つアラキドン酸エポキシドの分解を阻害し、神経細胞を保護する役割があると考えられている。

 脳卒中は重篤な脳血管障害だ。全世界で死亡原因の第2位を占め、毎年1300万近くの人が発症し550万人が死亡する(日本国内だけでも年間6万人以上が死亡)。中でも脳への血液供給の閉塞により発症する急性期虚血性脳卒中は、脳卒中の全症例の約85%を占めている。死亡しなくても脳に後遺症が残り、介護が必要となる最大の原因でもある。TMS-007はこのアンメットメディカルニーズを充足すると期待されている。

 現在、治療薬としてほぼ唯一の選択肢であるt-PA製剤「アクチバシン」(アルテプラーゼ)は、発症後4.5時間以内にしか使用できない。そのため先進国においても脳卒中患者の1割程度にしか投与されていない。TMS-007ならその時間を大幅に延ばせる可能性があり、そこに注目したのがBiogen社だった。

第2相で主要評価項目を達成

 ティムスは2018年6月、急性期脳梗塞患者を対象とするTMS-007とバックアップ化合物の権利の導出に関する独占的オプション契約を米Biogen社と締結。一時金として400万ドルを受領した。

 2018年2月から日本国内で始まった第2相臨床試験では、t-PA製剤の適応の無い、発症4.5時間から12時間後程度の患者を対象とした。主要評価項目は安全性、National Institute of Health Stroke Scale(NIHSS)やmodified Rankin Scale(mRS)といった脳梗塞の評価指標などに置いた。

 2021年5月に第2相の結果が公表され、主要評価項目が達成された。被験者は、脳卒中の症状を発症してから最長で12時間後までの時間帯に投薬を受けた。また機能回復に関する評価項目であるmRSで0または1を達成した患者の割合が、TMS-007群で40%、プラセボ群で18%(P<0.05)となり有意差が示された。また血管の再開通率はTMS-007群で58.3%、プラセボ群で26.7%となり、TMS-007群で多い傾向が示された。

 この結果を見て、Biogen社がオプション権を行使し、TMS-007とバックアップ化合物の全世界における独占的な開発権と販売権を持つことになった。その代わりBiogen社はオプション行使料として1800万ドルをティムスに支払う。将来的にティムスは、開発状況と製品化に伴うマイルストーンとして最大3億3500万ドルを受領し、全世界における毎年の純売上高の1桁台後半から10%台前半の段階的ロイヤルティーを得ることができる。

 TMS-007の導出が成功したことで、ティムスが上場する道は一気に開けた。同社は数年前から株式の新規上場(IPO)にむけて準備を進めており、若林社長は「2021年は勝負の年」と語っていた。6月24日には、株式の上場準備に入ったことを正式に発表した。今後の見通しなどについて、若林社長に聞いた。

Biogen社と共同研究を始めて3年で成果が出た。順調だったといえるのか。

 若林社長 外から見ると順調に見えるかもしれないが、内部では様々な苦労があった。最も苦しかったのは患者の組み入れが思うように進まなかったこと。2019年5月からは、参加する医療機関を5施設から40施設に拡大した。Biogen社は常に紳士的で、共同研究をうまく進めることができた。

6月になって、上場準備に入ったことを正式に発表した。IPOの時期はいつか。

 東証が決めることなので、我々には分からない。ただ、これまでIPOに向けて準備は進めてきたので、主幹事証券会社と一緒に詰めの作業をするだけ。上場は私の意思だけではない。蓮見先生など株主などの期待もある。蓮見先生は、上場で得た資金で「007でやったことを再現したい」と言っている。

 我々が上場することで、創業期から支えてくれたベンチャーキャピタル(VC)にたっぷりと儲けてもらいたいと考えている。これは、私がベンチャーファンドに関わっているから言うのではない(若林氏は、大学発ベンチャーなどに投資している先端科学技術エンタープライズ=ASTECの代表取締役も兼務している)。VCが潤えば、そのお金は再びスタートアップの投資資金に回る。その循環を回していくことが重要で、次のスタートアップにとってプラスとなる。

「007でやったことを再現したい」とはどういう意味か。

 蓮見先生の言葉を借りれば、「サイエンスを忠実にやる」ということだ。大手製薬会社なら、社内で役割分担が明確に分かれていて、臨床開発計画は厳格に管理されているだろう。しかし、しゃくし定規に考えるのではなく、そのモノの価値を深く捉え、柔軟に対応することも重要ではないか。スタートアップにはそれができる。

 TMS-007の臨床開発を通じて様々な知見が社内に蓄積された。さしあたって、急性腎障害・薬剤性腎障害・癌悪液質などの疾患を対象に研究開発中のTMS-008に注力していくことになる。また、上場後は外部から開発候補を導入することも視野に入ってくる。

上場を果たしたら、社員にどのように報いるつもりか。

 当社の給与水準は、今でも業界の水準と比べて低いわけではない。ただ、苦労を共に味わった社員には報いたいと考えているので、給与水準は引き上げたいと考えている。



 ティムスが上場を果たせば、東京農工大発のバイオスタートアップとしては初のIPOとなる。研究費だけでなく、上場数でも旧帝大に集中しているのが今の日本の実態だ。地方大学を含め、優れたサイエンスを追究している研究者は確実にいる。そこに光を当て、臨床開発を着実に進め、導出に導くにはプロの経営者が欠かせない。日本のバイオ産業の裾野を広げるためには、そうした人材の育成も欠かせないはずだ。

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