Heartseedの安井季久央取締役COO

 Heartseed(東京・新宿、福田恵一社長)は、2021年6月1日、同社が重症心不全を対象に開発している他家iPS細胞由来心筋球(開発番号:HS-001)について、デンマークNovo Nordisk社と独占的技術提携・ライセンス契約を締結したと発表した。契約に至った経緯などについて、2021年6月23日、Heartseedの安井季久央取締役COOが本誌の取材に応じた(聞き手は久保田文)。

 HS-001は、Heartseedの社長を務める慶應義塾大学医学部循環器内科の福田教授の研究成果である、分化誘導技術や純化精製技術、移植針(デバイス)などの要素技術を活用し、開発されている細胞医薬だ。京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から供給された他家iPS細胞を心筋細胞に分化誘導し、未分化細胞を除き、心筋球と呼ばれる微小組織にして専用移植針で移植する。

 2020年8月、慶應義塾大学病院のHS-001の臨床研究の実施計画が、厚生労働省の厚生科学審議会再生医療等評価部会で了承され、2021年秋にも拡張型心筋症による重症心不全を対象とした臨床研究が開始される見通しだ。またHeartseedは、医薬品医療機器総合機構(PMDA)にHS-001の治験届を提出し、2021年3月に調査が終了している。こちらも2021年後半に、虚血性心疾患による重症心不全を対象とした国内第1/2相臨床試験(LAPiS試験)を企業治験として開始する計画だ。

 今回HeartseedはNovo社に、日本以外の全世界で他家iPS細胞由来心筋球(HS-001、他家iPS細胞由来再生心筋球と同じ)を開発・製造・販売する独占的権利を付与した。また日本については、Heartseedが開発・製造・販売権を保持しながら、引き続きHeartseedが単独で開発する。承認取得後は、HeartseedがNovo社の日本法人と共同で販売する。

 契約に基づき、Heartseedは、契約一時金と国内の企業治験の進捗などに基づく短期開発マイルストーンとして5500万ドル(約60億円)、その後の開発・販売状況に応じた開発・承認・販売マイルストーンとして5億4300万ドル(約595億円)、総額で最大5億9800万ドル(約655億円)を得る可能性がある。加えて、売上高に応じ、1桁台後半から2桁台前半%のロイヤルティーを受領する(為替レートは発表時点)。

 以下、安井COOが本誌インタビューに答えた。

Heartseedのライセンス活動で中心的な役割を担った。

 2019年1月、私は外資系製薬企業の日本法人からHeartseedに移り、ライセンス活動に取り組んだ。具体的には、2019年6月に米フィラデルフィアで開催されたBIO International Conventionから本格的なライセンス活動をスタートさせた。

 当時はまだ、他家iPS細胞由来心筋球のGLPの非臨床試験が進行していた段階だった。特定の品目をアピールするのか、要素(プラットフォーム)技術をアピールするのか、相手にどう見せるかというところから社内で議論を始め、この段階で初めて「HS-001」を定義して、HS-001のライセンスアウトを目指すことを決めた。

 当初から我々は、グローバルの大手製薬企業を念頭にライセンス活動をする方針だったが、彼らからすればBIOでは多くの売り込みが来る。そこでインパクトがあり、流れるようなストーリーになるよう、英語のプレゼン技術を徹底的に練習した。その際は、心筋が太くなり、強化される細胞医薬であるということをアピールできるよう、“Remuscularization”というキーワードを設定した。また、自社の論文だけでなく、競合の論文、関連領域の過去の研究や論文、総説論文なども読んでしっかり頭に入れた。特許の見せ方などを工夫しながら会社のウェブサイトの英語版も新たに作った。

 ライセンス活動に当たっては、提携先に我々が何をしてほしいのかを明確にすることも重要だ。また、ライセンス先がこのタイミングで我々と組むとどういったメリットがあるのか、定性的に説明できるよう準備した。その際は、我々ができること、できないこと、時間がかかるができることなどを、過小でも過大でもなく実態に即して評価し、伝えることを心がけた。

 BIOでの面会相手は、事業開発(BD)のディレクターや循環器領域の担当者が多かった。グローバルの大手製薬企業の中には、全く興味を持たない企業もあったが、細胞医薬をやっている企業、エクスターナルイノベーションで興味を持っている分野に当てはまるという企業もあった。そうした製薬企業に対しては、「日本にこんな企業があったのか」と思わせることはできたと思う。BIOでの反応を見て、さらにプレゼン技術のブラッシュアップを図った。

2020年1月に米サンフランシスコで開催されたJ.P. Morgan Health Care Conference(JPM)に参加し、Novo社と初めて面会した。

 JPMには福田教授と一緒に参加し、BIOで交渉した企業に加え、新規の企業とも面会した。その数社のうちの1社がNovo社だった。Novo社には最初から「ここは最後まで残るだろう」と手応えを感じた。その後、両社メンバーを拡大して、デューデリジェンス(DD)が始まった。

 DDの主なポイントは、非臨床試験、細胞特性、製造プロセス、特許だった。膨大な数の質問が来て、回答するとまた質問が来て、というやり取りを繰り返した。Novo社からは「あなたたちと同じレベルまで、我々の理解度を上げたい」と言われていた。そこで、あらゆる資料やデータを我々で何重にもチェックして英訳し、両社で階層に分けて共有した。当時は非臨床試験のデータが出てきた段階だったので、データが出てくるたびに英訳し、共有した。また、数カ月間、毎週会議をして、プレゼンや質疑応答を行った。最終的にDDの対象は、IT管理体制や動物倫理などにも及んだ。我々にとってはまさに総力戦だったが、製造や研究開発のメンバーが優秀だったので、とても助かった。

 Novo社は、契約前の段階で、グローバル開発における役割分担や相当先までの開発スケジュールなど、契約後のコラボレーションプランを作るやり方を取っている。そこで我々も契約前からコラボレーションプランの作成に取り掛かった。契約後にすぐ走れるので、結果的にコラボレーションプランを作っておいて助かっている。DDも終了していたため、契約協議にはそこまで時間はかからなかったが、初めて面談してから最終的な契約締結までには1年半弱かかった。

契約に当たって、主張した点や意見が食い違った点はあったか。

 買収は望んでいない、出資は必要ない、日本では自社開発したい、という3点を主張した。特に日本での開発については、我々の努力が実って治験ができるので、自分たちの手でやりたいと、かなり主張した。もっとも、企業の規模を考えれば「単なるお願い」は通用しない。こちらが主張する際は、ロジカルに根拠を説明するよう心がけた。日本の開発については、我々のような日本のスタートアップに日本の権利を与えるといかに有益かについて説明し、それを分かってもらった。Novo社の担当者も、向こうの考えをしっかり説明してくれたので感謝している。

ライセンス活動を通じて、こういうところが足りなかった、もっと準備をしておけばよかったというところはあるか。

 創業前のアカデミア時代のものも含め、過去の実験ノートは実験に使った細胞の製造記録なども含めてきちんと整理しておくに越したことはない。実験ノートはDDの対象にもなるし、今回は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によりオンラインでDDが進んだが、リアルで実験ノートを見せてほしい、というケースも考えられる。論文に掲載されていないところでも、当時の実験をやった研究者にデータの提出を求めるようなこともある。

日本のスタートアップがより多く導出契約を結べるようにするためには何が必要だと思うか。

 資金調達と同様、専門家のレピュテーション、サイエンスレベルが大前提であることは言うまでもない。グローバルの製薬企業はDDの深さが違うので、研究開発や(再生医療等製品なら)製造周りについて、英語で対応ができる人材が不可欠だ。また、グローバルの製薬企業についてよく知っている人材、具体的にはそうした企業でバリバリ働いている若手の人材がもっとスタートアップに来ることが必要だと思う。グローバルの製薬企業のプライシング、マーケティングの考え方を、ヘッドクオーター目線で語れる人材が重要だ。

 例えば、一昔前は、日本や韓国、台湾の権利は保持したまま、それ以外の国・地域の権利をグローバルの製薬企業に導出するような契約も珍しくはなかった。しかし近年ではグローバルの製薬企業は、国・地域を分けずにグローバルで一斉に開発を進めたいと考える傾向にある。スタートアップも、そうした意図を踏まえてグローバルでの権利を全部出すんだと腹をくくっておいた方がいいかもしれない。

2021年6月11日にシリーズCラウンドで、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)、SBIグループなどから総額40億円を調達した。

 今回調達した資金は、企業治験として実施するHS-001の国内第1/2相臨床試験(LAPiS試験)の推進、HS-001の製造技術・製造方法の改良、次世代開発品の非臨床試験や製造技術の開発などに投じる。HS-001の製造技術・製造方法の改良では、海外展開を見据えて遠方向けの保管・輸送のための改良や、医薬品並みの大量製造・大量輸送を目指した改良を進める。また、次世代開発品としては、カテーテルなどのデバイスを用いて投与する製品の開発を進めている。

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