ニュージェン・ファーマの池田穰衛社長

 東海大学発の創薬スタートアップであるニュージェン・ファーマ(東京・目黒)は2020年6月、同社が開発を進めていた筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬の候補化合物WN1316の権利を、ジェネリック医薬品大手の沢井製薬に導出した。近年、ジェネリック医薬品各社も新薬開発へのアプローチを増やしており、スタートアップにとって有力な協働候補になり始めている。契約に至った経緯などについて、東海大学医学部客員教授やカナダChildren's Hospital of Eastern Ontario客員上級研究員・分子神経学教授などを務めるニュージェンの池田穰衛(いけだ・じょうえ)社長兼CEOが取材に応じた(聞き手は野村和博)。

 WN1316は、東海大学大学院医学研究科の教授だった池田穰衛社長が見いだした低分子化合物で、国内の第1相臨床試験で安全性が確認されている。カナダで第1/2相臨床試験を開始する方向で検討を進めていたところ、沢井製薬からライセンス交渉の打診を受け、導出契約の締結に結びついたという。沢井製薬は、2021年度内に米国での第1相臨床試験を開始する予定で、その後第2相臨床試験などを経て、2025年の上市を計画している。

WN1316はどのようにして得られた化合物でしょうか。

 発端は1980年代にさかのぼる。1989年10⽉に始まった科学技術振興機構(JST)のERATO「池田ゲノム動態プロジェクト」の中で、我々は神経細胞アポトーシス抑制蛋白質(Neuronal Apoptosis Inhibitory Protein:NAIP)の遺伝子を同定した。NAIPは酸化ストレスによる神経の炎症や機能障害を抑え、神経細胞の保護に働く内在性の蛋白質だ。NAIPは、活性酸素種産⽣促進剤による酸化ストレス性細胞死やアポトーシスを、選択的に抑制する。成果は英Nature誌に1996年に報告した。また、NAIPは脳虚⾎ラットおよびスナネズミのモデル動物で、海⾺CA1神経細胞死を効果的に抑制することを明らかにした。

 NAIPはALSの治療に有望と考えられたが、NAIPは蛋白質であり医薬品にするにはハードルがある。そこで、NAIPを体内でアップレギュレートする低分子化合物を探そうということになった。in vitro実験系を確立し、既存薬や公開ライブラリーなどを元に100万種類の化合物をスクリーニングし、最終的に得られたのがWN1316だ。米食品医薬品局(FDA)のガイドラインに準拠したALSマウス薬効試験系を用いて、in vivoでの薬効も確認した。

 最初にスクリーニングして得られた第1世代の化合物は、in vivoで薬効を確認できた。しかし他に有望な化合物が無いかと思い、in silicoでのスクリーニング技術(⽣理活性と化学構造との相関係数演算式を併⽤)を導入したスクリーニング系で第2世代の化合物(CPN-9)を見いだした。in vivoでの薬効まで確認できたが、溶解性や血液脳関門の透過性に難があった。そこで、第2世代の化合物であるCPN-9から、構造の最適化を進めて得られた第3世代の化合物が4種類得られ、血液脳関門の透過性や毒性、薬効の観点で選抜したのがWN1316だ。

 これらの低分子化合物もNAIPと同じく国のプロジェクトで得られた成果であり、2007年4⽉に医薬基盤研究所の基礎研究推進事業「酸化ストレス性神経細胞死を標的とした筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の脳神経疾患治療薬の研究開発」を総括研究代表者として私が受託し、その研究の中で見いだした。2014年に論文報告している。

動物での薬効評価はどうでしたか。

 SOD1遺伝子に変異(H46R)および (G93A)を有する2系統のALSのモデルマウスに、ALSを発症した段階でWN1316を10μg/kg連日経口投与した。発症約4週間後に非投与群は運動機能が完全に消失、あるいは死亡したが、WN1316群はほぼ正常な運動機能を維持していた。またWN1316群は、ALS発症後の生存期間も30%延長した。ALSを完治させるわけではないが、NAIPによる炎症性サイトカインであるIL-1βやIL-6の産生抑制によりALSの進行を有意に遅らせる効果が期待できる。患者のQOLの改善や維持に貢献できるのではないか。

WN1316は、既に国内で第1相試験を実施しています。

 2011年のJSTの研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)に採択され、4年間で総額3億円の事業で臨床試験を実施できた。具体的には、2012年からGMPに準拠した治験薬を製造しつつ、臨床試験開始に必要な安全性試験や薬物動態試験などを終了した。医薬品医療機器総合機構(PMDA)の対⾯助⾔を経て、2014年から健常成⼈男性を対象とした最⼩薬効⽤量を上限とする医師主導第1相治験を実施し、2015年に安全性と薬物動態のデータを得た。

カナダで医師主導治験の準備を進めていたということですが。

 University of Calgaryで医師主導治験をする予定だった。私自身がカナダに研究活動拠点を置いているため、現地のALS臨床研究者たちとのネットワークが活用できる点で、開発を有利に進められると考えた。医師主導治験で進めれば、ネットワークの協力により患者へのアクセスが容易となる。また、必ずしもALSの専門家が担当してくれるとは限らない規制当局に指示を仰ぐよりも、専門家同士で話を進めやすいという事情もある。

 ただ、問題は費用だった。医師主導治験だと比較的安価に実施できるとはいえ、10億円から20億円程度は必要と見積もられた。概念実証(POC)を取るには120人以上の症例数が必要と計算され、GMP準拠の製剤購入費用も合わせるとそれくらい掛かるようだった。ニュージェン・ファーマのカナダ法人を立ち上げてインベスターを募ろうか、などとも考えた。しかし現地の資金提供者などにコンタクトすると、化合物の権利を譲渡しなければ資金提供が難しいという話になり、国のプロジェクトでここまで進めてきたものを譲渡していいのかと、悩んだ。

そこへ、沢井製薬からオファーが届いたということですね。

 沢井製薬からは、「今後の事業戦略として新薬開発を目指している、特に難病にフォーカスしたく、ALSに注目している」と説明され、日本企業が協力してくれるならということで、オファーを受けた。それまでカナダ当局と進めていた臨床試験のプロトコールの情報など、全て沢井製薬に譲渡している。今後、沢井製薬が開発費を全額負担して進めていく。

第1/2相臨床試験はどのように行うのですか。

 FDAが公表しているALS治療薬の開発に関するガイダンスに準じて試験を設計している。重要な点は、バイオマーカーを用いることだ。FDAはガイダンスにおいて、臨床試験にバイオマーカーの設定を強く推奨している。しかし、これまで臨床的な予後と結びつく適切なバイオマーカーは無かった。この点、WN1316がアップレギュレートするNAIPは、優れたバイオマーカーになる可能性が高い。

 我々は、末梢血中の単球のNAIP産生量がALSの進行に深く関わっていることを発見した。ALSの進行が遅い症例ではNAIPの量が増加している一方、進行が早い症例ではNAIP量の増加が認められなかった。これは、ALSの進行に伴う神経の炎症反応を抑えるために、自己防御反応としてNAIPの産生が誘導されるものと考えられ、ALSの予後マーカーになるとの考察を英Scientific Reports誌に2019年に報告している。

 NAIPを使って臨床試験を組み立てると、通常よりも早期に承認が得られるのではと思っている。臨床試験のエンドポイントを死亡や呼吸器の装着などに設定すると、観察期間が長くなってしまう。NAIPで評価する場合、観察期間は1年程度で済むのではないかと考えられる。

WN1316はどのようなタイプのALSに効きそうでしょうか。孤発性、家族性などで違いはありますか。

 全てのタイプのALSに効くと考えているが、個人差もあるだろう。NAIPの発現量が増加すれば、それだけ効果が高いと考えられる。そのため、臨床試験では孤発性や家族性などの区別はしない考えだ。効果にばらつきがあれば、効く効かないを判別できる指標を探索していく必要はあるだろう。

過去の実験では、他に有望な化合物もあったそうですね。

 前述した、第1世代のスクリーニングで得られた化合物には、既存薬のブロモクリプチンや、ロピニロールなどもあった。これらはNAIPのアップレギュレーションが高いものとしてヒットした。このうち、ブロモクリプチンはヒトでの効果も検証しており、⽇本⼈ALS患者50人を対象に、リルゾールと併⽤するプラセボ対照⼆重盲検法で臨床研究を行った結果、安全性と有効性が示唆される結果が得られた。非常に有望と考えたが、ブロモクリプチン販売元のスイスNovartis社に話を持ちかけても乗り気ではなく、改めて別の化合物を探すことになった。早く患者さんやご家族の元に新薬が届くよう、治験の成功を願っている。

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