尾身茂(おみ・しげる)氏
新型コロナウイルス感染症対策分科会会長。2014年から地域医療機能推進機構(JCHO)の理事長を務める。東京生まれ、71歳(写真:小林淳)
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は2021年3月8日、本誌の取材に応じた。その中で尾身会長は、首都圏で緊急事態宣言が延長されている背景に、東京などではクラスターの起点が見えにくいことや隠れた感染源が疑われることなど、他の地域に比べて感染がリバウンドしやすい特殊性があると指摘した(聞き手は久保田文)。

2020年秋から、国内ではいわゆる第3波の感染拡大が起き、年始に感染者数がピークを迎えた。感染拡大の要因になったのは何だと考えているか。

 緊急事態宣言が出された今回の感染拡大のピーク時に、英国型などの変異株が紛れ込んでいたことは確かだと思う。ただ、2020年末からの感染者急増の原因が変異株だったわけではない。結論から言うと、(1)再三再四の国や自治体の要請があったにも関わらず、多くの市民がコロナ対策に飽き、疲れてしまった、(2)感染しても多くが無症状、特に若年者は軽症で済むという意識が広がった、(3)GoToトラベルも含め、国と自治体との足並みが揃っていなかった──という3つが大きい。

 国や自治体のリーダーが、「年末年始は忘年会などで感染拡大するから(自粛を)頼みますよ」と言っていたにも関わらず、メッセージを出すリーダー側の問題も、それを受け取る国民の問題もあってメッセージが伝わらなかった。忘年会は、人々の営みではあるが、必ずしも緊急に必要なものではない。

 なぜ今回、2回目の緊急事態宣言を出さなければならなかったのか、日本社会の誰もが肝に銘じる必要があると思う。リーダーも模範を示さないといけない。国民も「分かってはいるけどやめられない」ではよくない。こういうものだと学習しないと、何度も同じことになる。

1月7日に首都圏で2回目の緊急事態宣言が出された直後から、国内の感染者数は急激に減少を始めた。

 感染者数の急激な減少は、緊急事態宣言の効果というよりも、1月に入って、忘年会ファクターが無くなったからだ。緊急事態宣言が出た直後の急減に宣言はあまり関係がない。難しいことではなく、年末の忘年会で感染者数が増えていたということだ。その後、緊急事態宣言の効果で現在までに感染者数はかなり少なくなってきたが、下げ止まっている。

 感染対策上、重要なのは発症日ベースの陽性者数の推移だが、実際東京都では、1月4日にピークを迎えている。つまり、2020年12月30日、31日の忘年会などで感染のピークが来ていたということ。そのために感染者数が急増した。

今回のいわゆる第3波では、医療機関の病床不足が露呈した。国際的に見れば、日本は人口当たりの病床数が多いにもかかわらず、CIVID-19で入院できる病床数が限られ、病床が逼迫した。

 病床数も増やしてはきたが、間に合わなかった。日本の場合(1)医師や看護師の数を抑えてきた、(2)診療報酬上、病床を限度一杯に稼働させないと儲からない仕組みになっている、(3)民間は亜急性期慢性期の病院が多く、体外式膜型人工肺(ECMO)による治療のような急性期に対応できない、(4)病床の多くが、急性期の患者向けではない、(5)民間病院が多く、政府や行政が介入しにくい──といった様々な理由があり、COVID-19のために病床数を増やすのは、構造的に難しい。

 努力はしているが、平時からCOVID-19のような新興感染症のために病床の20%を空け、確保しておくのは大変だ。それでは病院も潰れてしまう。看護師も引く手あまたで、すぐ他に移ってしまう。

 日本では、医療法に広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病として「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」「精神疾患」の5大疾病が位置付けられている。しかし、そもそもそこに「感染症」は入っていない。感染症は、総合的な診療能力がないと診るのが難しいが、日本では総合診療専門医ができたばかりで数が少ないこともある。総合診療専門医は、感染症だけでなく、災害などにも力を発揮するが、これまで育成に力を入れてこなかった。

首都圏では、2021年1月7日から発出された緊急事態宣言が2週間延長されている。

 よく理解してほしいのは、緊急事態宣言の発出時と解除時では、考え方が少し違うということ。発出時は、医療供給体制と感染状況のうち、より感染状況に重きを置いている。というのは、感染が増えるより、入院者数の増加が遅れてくるからだ。しかし、解除時は、1回目の緊急事態宣言の解除時もそうだったように、感染状況よりもむしろ医療供給体制により重きを置くことになる。

 なので、3月21日まで2週間の間に、宣言を解除するかどうかの1つの大きな目安は、医療提供体制への負荷が軽減されたかどうかだ。もちろん、感染者数は200人よりも100人の方が良いが、重要なのは医療提供体制。現在東京の医療提供体制はステージ3からステージ2に向かっており、その方が重要だ。

 そこで2021年3月5日、私が会長を務める政府の基本的対処方針等諮問委員会では、緊急事態宣言が2週間延長された首都圏1都3県の知事に対して、リバウンドを防止するための体制強化に向けて見解(7つの提言)を出した。具体的には(1)感染拡大の予兆が見られた場合の迅速な対応、(2)感染リスクの高い集団・場所を対象とした重点検査、(3)陽性例の一定割合について変異株の迅速検査、(4)見えないクラスターを探知するための深掘積極的疫学調査、(5)高齢者施設職員の定期的な検査、(6)感染再拡大に対応できる医療提供体制、公衆衛生体制の強化、(7)国と自治体による一体感のあるメッセージ発信──だ。

 (7)については、お花見や宴会などは絶対避けてもらうよう、国と自治体が一体感のあるメッセージを出すのが重要だ。これをやらないと再び同じことが起きる。2週間で、(1)から(7)まで全てを実施するのは難しいかもしれないが、強い意志を持って準備を進めることはできる。

東京をはじめとする首都圏については、他の地域とは違った特殊性があり、感染がリバウンドしやすいと指摘している。

 これまでの研究で、COVID-19は、感染者が5人いても、感染を広げるのはそのうち1人だけであることが分かっている。また、COVID-19がクラスターを介して伝播する感染症であることも分かっている。つまり、感染拡大の背景には、感染を広げる1人が周囲に感染を広げてクラスターが生じ、そのうちの1人が再び周囲に感染を広げるという、クラスターの連鎖が起きている。

 そうして起きたクラスターの連鎖には、起点と終点がある。起点について、地方では、外での飲食や飲み会が起点となってクラスターが生じ、施設の職員などが施設にウイルスを持ち込んで高齢者施設などで次のクラスターが起きることが分かっている。家庭内感染はその終点だ。

 一方、東京は、家庭内感染が終点である点は地方と同じだが、(1)人口規模・密度/社会経済圏の広域性、(2)多くの歓楽街の存在/外国人コミュニティーの存在、(3)人々の匿名性/意識・考え方の多様性、(4)東京23区等の保健所設置区市の存在による連携の困難さ──といった様々な特殊性がある。そのため、地方に比べてクラスターの起点が分かりにくくなっている。

 その結果、クラスターの起点がずっと生じ続け、次のクラスターに連鎖している。ここまできて、東京の感染者数が下げ止まっているのは、火種となるクラスターの起点が残っているから。地方では、起点を断てるので、家族内感染が起きたら、そこで収束していくが、東京はそうはいかない。

東京など首都圏1都3県の知事に対して出した7つの提言では、(4)見えないクラスターを探知するための深掘積極的疫学調査を実施する必要性を指摘していた。

 東京など首都圏では、見えないクラスターの起点、隠れた感染源があると考えている。深掘積極的疫学調査によって、それを理解したい。そのためには感染者をインタビューしたり、行動調査をしたりするなど、かなり激しい調査が必要だ。これまで保健所は第3波への対応で余裕がなくできなかったが、感染者数が減ってきたので調査を行う。

 ただし、調査にはかなり強いコミットメントが必要になる。しかも、東京都には都(都庁)とは異なる行政区として、東京23区等の保健所設置区市がある。そこでも見えないクラスターを把握してほしい。都と異なる行政区があることが、首都圏の課題になっている。関西と違って首都圏の緊急事態宣言を2週間延長した理由の1つはこれだ。