第7回日経・FT感染症会議は、一部オンラインで開催された
第7回日経・FT感染症会議は、一部オンラインで開催された

 日本経済新聞社が主催、英Financial Times社が共催する「第7回日経・FT感染症会議」が、2020年11月6日、7日に横浜市で開催された。同会議では、日本の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策が主要なテーマに設定され、COVID-19対策に携わる政府関係者や医療関係者、COVID-19対策に資する医薬品や診断技術、情報通信技術(ICT)を開発しているアカデミアの研究者や企業の経営者など、国内外から110人を超える専門家が登壇した。最終日には、現在進行中のCOVID-19への対処や将来の感染症のパンデミックへ向け、「横浜感染症ステートメント2020」を採択した。

 同会議では、これまでの日本のCOVID-19の状況について、人口100万人当たりの感染者数や死亡者数が欧米などと比べて低く抑えられており、国際的にも日本の対策が比較的うまくいっていると認識されていると分析された。登壇した厚生労働省の樽見英樹厚生労働事務次官も、「感染対策がうまくいったかどうかは現時点では判断できないが、一定の手応えは得ている」とコメントした。

 その背景について、同会議では複数の専門家から、日本は、重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型インフルエンザで深刻な状況に陥ったことが無く、事前の準備は十分でなかったものの、「3密(密閉・密集・密接)」が注意喚起されたことや、医療従事者の頑張りで医療アクセスが確保されたこと、保健所や自治体がクラスター対策に力を入れたこと、市民が自ら行動変容を起こしたことなどで、「何とかここまでしのいできた」(議長を務めた政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長)との見方が示された。

 もっとも、日本のこれまでの感染対策の過程では、事前準備や水際対策、サーベイランス体制に不備があった。他にも、PCR検査をはじめとする検査体制が不足している、ICTやビッグデータを十分活用できていない、緊急時に科学的な研究を実施できる体制が無い、市民へのリスクコミュニケーションが図られていないなど、様々な問題が露呈した。

 PCR検査をはじめとする検査体制に関しては、過去に保健所や地方衛生研究所などが縮小され、マンパワーが不足していたことや、早い段階から民間企業などの活用が進まなかったことで、検査体制が増強できなかった。最近では状況はかなり改善しているものの、増強された検査体制をどのような目的でどのような対象に振り向けるかについては、戦略が必要だとの声が多く聞かれた。具体的には、症状があり、感染が疑われる患者に加え、無症状であっても、職場や接触歴などから感染リスクが高いと考えられる人に重点を置いて、検査を実施すべきだということだ。

 国立国際医療研究センター国際感染症センターの大曲貴夫センター長は「今のところ、PCR検査が実施できる病院が増えたこともあり、感染者が確認された中規模以上の病院では周囲の医療従事者や入院患者を一斉に検査できているが、小規模の病院や介護施設では、検査体制が無かったり、資金が無かったりといった理由から、感染者が出ても周囲の検査ができていない」と指摘。検査体制を増強し、資金的な支援を行って、こうした感染リスクの高い人を重点的に検査することが重要だとの認識を示した。

 また、検査体制はある程度増強されたものの、「医療機関や民間企業で実施されているPCR検査の質に大きなばらつきがある」(京都大学医学部附属病院クリニカルバイオリソースセンターの田澤裕光特任病院教授)との指摘も出た。今後、医療機関や民間企業の検査の品質を評価した上で、目的別に使い分けるなどの対応が求められることになりそうだ。

 マンパワー不足や個人情報保護の観点から、感染状況の把握や接触歴の確認などに十分、ICTが活用できていない現状も明らかになった。国立感染症研究所感染症疫学センターの鈴木基センター長によれば、感染者の情報を電子的に入力して一元管理し、医療機関・保健所・都道府県等で共有するため、「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」が構築され、99%以上の自治体で運用が行われている。

 しかし、HER-SYSは入力項目が多い、診療現場に余裕が無いといった理由から、本来想定されていた医療機関での入力が行われておらず、医療機関がFAXした情報を保健所で入力しているのが実態だ。また、HER-SYSが完全に機能していない部分があり、全国で発生している膨大なクラスターの情報が体系的に集約できておらず、専門家が十分なリスク評価ができる状況ではないという。鈴木センター長は、「海外では、リアルタイムで集約されたデータを公表・共有し、国際比較などが行われているが、日本のデータはアクセスが悪い上、日本語で説明されているなど、誰もがアクセスし、活用できる状況にない」と指摘していた。

 ICTを使った接触確認にも課題がある。政府は厚労省と連携し、接触確認アプリの「COCOA」を開発した。COCOAは、スマートフォンの近接通信機能(ブルートゥース)を使って、1メートル以内に15分以上近接した場合を「接触」として感知し、デバイスの情報を暗号化して記録するアプリ。陽性者が、HER-SYSから発行される処理番号をアプリに入力すると、接触した可能性のある人へ通知される仕組みだ。

 当初は、スマホの全地球測位システム(GPS)データの位置情報から「接触」を感知するアプローチも検討されたという。しかし、プライバシーの観点から理解が得られないとの指摘が上がり、GPSの利用を見送り、個人情報を取得しないものに落ち着いたという。同会議では、専門家から「日本ではプライバシーと個人情報保護を混同している」といった意見が出た他、感染症の流行など有事の際に、個人を匿名化した上でデータを感染対策に活用できるよう、国民の合意を形成したり、体制を整備したりする必要性にも言及があった。

 市民へのリスクコミュニケーションに課題があるとの声も多く聞かれた。日本では、ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が起きたことや、「3密」の回避が呼び掛けられたことなどで、早期からCOVID-19のリスクが認知され、市民の衛生意識と相まって、自主的な行動変容につながった。しかし、「『村八分になるから手を洗おう』という村社会の防疫システムが機能している面もあり、改善の余地がある」(早稲田大学大学院政治学研究科の田中幹人准教授)。

 本来、リスクコミュニケーションには、統治者目線と当事者目線の両方が必要であり、当事者目線を抜きにしては、リスクのプロモーションにしかつながらないという。東京大学医科学研究所の武藤香織教授は、「『私たちのことを私たち抜きで決めないで(Nothing About us without us)』という言葉通り、暮らしの中に感染対策を埋め込むには、当事者である患者や市民も一緒に対策を検討するなど、社会全体を巻き込むことが大切だ」と説明。特に、急性期を過ぎた今後の感染対策においては、当事者目線が不可欠だとの指摘が上がった。

 同会議の最終日には、平時からの事前準備、サーベイランス体制や検査体制の増強、ICTやビッグデータのさらなる活用、緊急時の科学的研究体制の構築、市民へのリスクコミュニケーションなどが必要だとする「横浜感染症ステートメント2020」を採択した。「横浜感染症ステートメント2020」には、同会議を通じてこれまで進められてきた、アジア臨床試験プラットフォーム、マラリア、薬剤耐性菌(AMR)に関するパブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)の取り組みの進捗状況も盛り込まれた。