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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を中和するモノクローナル抗体(中和抗体)の開発が、驚異的なスピードで進んでいる。それらの中和抗体は、COVID-19の感染初期に投与することで、発症や重症化を防止するだけでなく、感染前に投与することで、ワクチンのように感染を予防することもできると期待されている。さらに、中和抗体に、抗サイトカイン抗体など他の治療薬を併用することで、重症化した患者の治療も可能になるかもしれない。その意味で、中和抗体は、有効で安全な治療薬やワクチンが開発されるまでの最も有力な予防・治療手段だといえる。既に世界では、複数の中和抗体の臨床試験が始まっているが、今回はその開発状況を解説する。

抗体医薬を作成するための3つの基盤技術

 抗体医薬(モノクローナル抗体)は、関節リウマチなどの自己免疫疾患やがんなどの治療薬として、広く使われており、その市場は拡大を続けている。モノクローナル抗体を迅速かつ効率的に作成するための基盤技術としては、1989年にファージディスプレー法、94年にトランスジェニックマウス法、2003年に単一B細胞抗体クローニング法が確立され、いずれも現在、さらに高度な技術に発展している。

 そのうち、単一B細胞抗体クローニング法とは、ウイルスなどの病原体に感染した患者から、プローブで標識した標的抗原(蛋白質)を用いて、抗原を特異的に認識する抗体を発現する記憶B細胞を単離。その単一細胞から抗体遺伝子(H鎖とL鎖)をクローニングし、動物細胞に導入して抗体を発現させ、培養上清中の抗体の活性を指標にスクリーニングして、目的の抗体遺伝子をクローニングするという手法だ。抗原を免疫しなくとも、ウイルスなどの病原体に対する中和抗体を作成することができる最も進んだ方法である。

 なお、ファージディスプレー法を用いて抗TNFαモノクローナル抗体「ヒュミラ」(アダリムマブ)を開発した英MRC Laboratory of Molecular BiologyのGregory Paul Winter卿は、2018年にノーベル化学賞を受賞。トランスジェニックマウス法によって作成された、抗CTLA-4モノクローナル抗体「ヤーボイ」(イピリムマブ)の開発に関わった米University of Texas MD Anderson Cancer CenterのJames Patrick Allison教授と抗PD1モノクローナル抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)の開発に携わった京都大学の本庶佑特別教授は、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。

 新興感染症に対する中和抗体の開発に目を移すと、中和抗体を作成する基盤技術が確立する前後、02年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生。SARSコロナウイルス(SARS-CoV-1)のゲノム配列を基に、SARSを予防・治療する中和抗体の開発が試みられた。世界保健機関(WHO)は03年にSARSの終息宣言を出しており、開発された中和抗体は塩漬けになったが、新興感染症のウイルスに対して中和抗体を作成する基盤技術は確立されていたと思われる。

新型コロナではゲノム公表後、開発競争がスタート

 こうした状況で、2019年末から、SARS-CoV-2の感染が拡大し始めた。SARS-CoV-2については、2020年2月、全ゲノム配列が公表され、一挙に中和抗体の開発競争が始まった。抗体関連の研究開発に携わる研究者の非営利国際組織である米The Antibody Societyによれば、2020年8月下旬時点で、世界では153の中和抗体の開発プログラムが進行中。そのうち、8品目については、既に臨床試験がスタートしている。

 ここではそのうち、代表的な中和抗体について見ていこう。開発中の中和抗体の半数以上(89品目/153品目)は、SARS-CoV-2がヒト細胞に感染する際、ヒト細胞表面のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合するスパイク(S)蛋白質を標的とし、ウイルスを中和(増殖を抑制)する作用機序を持つものだ。そして、大部分の中和抗体(IgG)は、単一B細胞抗体クローニング法かトランスジェニック法で作成されている。

 興味深いのは、S蛋白質を標的とした中和抗体と一口に言っても、開発主体が保有する技術や開発スピードをどの程度重視するかによって、その開発戦略に違いが生じていることだ。

スピード重視で開発進める米Eli Lilly社

 1つの開発戦略は、何よりスピードを重視して、中和抗体を開発しようというもの。現在、世界最速で中和抗体の開発を進めているのが、Eli Lilly社などのグループだ。同社はカナダAbCellera社、米国立衛生研究所(NIH)傘下の米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)ワクチン研究センターと、中和抗体(開発番号:LY-CoV555、LY3819253)を共同開発中。LY-CoV555は、米国で最初にCOVID-19から回復した回復期患者の血中から、単一B細胞抗体クローニング法によって抗体遺伝子をクローニングし、わずか3カ月で作成にこぎ着けた中和抗体だ。

 Eli Lilly社は、マウスを用いた実験もそこそこに臨床試験を始め、2020年8月からは、NIHの主導で第3相臨床試験が進んでいる。同臨床試験は、二重盲検で行われ、健康な医療従事者と濃厚接触者を対象として中和抗体を接種しておくことで、SARS-CoV-2の感染を予防できるかどうかを検証するものだ。

 なぜ、中和抗体(IgG)でウイルスの感染を予防できるのか──。実は近年、粘膜免疫ではIgAだけでなく、血中の中和抗体(IgG)もウイルスの感染自体や重症化を阻止する重要な役割を演じていることが明らかになっている。

 その機序は、血中の中和抗体(IgG)が、胎児性Fc受容体を介して、下気道(気管から肺まで)の粘膜に輸送され、ウイルスの感染や重症化を抑えるというもの。血中の中和抗体(IgG)の濃度と下気道粘膜に輸送されるIgGの量が比例することも分かっている(関連総説)。中でも、インフルエンザウイルス感染症で研究が進んでおり、動物実験レベルでは、中和抗体の受動免疫によって、ウイルス感染や肺炎の重症化を阻止できることが証明され、臨床開発も進められている。

 前述したLY-CoV555の第3相臨床試験も、こうした研究成果に基づき、あらかじめ中和抗体を投与しておくことで感染を阻止できるのではないか、という考えの下、実施されていると思われる。第3相臨床試験は、2021年3月に終了予定であり、順調にいけば、世界で最初の認可を受ける中和抗体になるとみられている。

 もっとも、LY-CoV555は、スピード重視で開発されたが故の弱点もありそう。データが公表されていないため、後発のものと比較することは難しいが、膨大な数の抗体の中から選択された後発の中和抗体より優れている可能性は低い。実際、Eli Lilly社は、LY-CoV555と並行して、中国Junshi Biosciences社と別の中和抗体(開発番号:JS016)の開発も行っている。なお、JS016については後述するが、2020年6月から中国で第1相臨床試験が始まり、2020年10月に終了する予定だ。

多数を評価しカクテルを開発する米Regeneron社

 もう1つの開発戦略は、より時間をかけて、長期的に有用な中和抗体を開発しようというものだ。現在、その先頭を走っているのが、Regeneron Pharmaceuticals社などのグループだ。Regeneron社は、スイスRoche社、NIAIDと中和抗体(開発番号:REGN-CoV2 (REGN10933+REGN10987))を開発中。ただし、Regeneron社は、できるだけ多数の抗体遺伝子をクローニングして、抗体ごとのエピトープや結合親和性を解析し、さらに、ハムスターや霊長類を用いて中和活性も検討した上で、REGN-CoV2を開発している。

 Regeneron社は、完全ヒト抗体を産生する第2世代の組換えマウス「VelocImmune」を有しており、SARSが発生した際、トランスジェニックマウス法によって、中和抗体のシードを作成し、ハムスターを用いた中和試験にも成功して、臨床試験の寸前まで進んでいた。また、エボラ出血熱の感染拡大の際は、回復期患者由来のB細胞を、EBウイルス・トランスフォーメーション法によって増殖させ、中和抗体の抗体遺伝子をクローニングすることにも成功し、サルを用いた中和試験まで終了していた。

 これらの経験に基づき、今回、Regeneron社はVelocImmuneマウスをSARS-CoV-2のS蛋白質で免疫し、S蛋白質に特異的な中和抗体のパネルを作成。並行して、複数の回復期患者のB細胞から単一B細胞抗体クローニング法で中和抗体のパネルを作成した。その上で、それぞれの方法で作成した計200クローンから、非常に親和性が高く(解離定数(KD)=0.56-45.2nM)、試験管内でのウイルス中和活性が高い(IC50濃度=1-10pM) クローンを選択。さらに、それぞれの抗体が認識するS蛋白質上のエピトープを解析し、相互に結合反応を阻害しない(non-competitive)2クローン(REGN10933とREGN10987)の抗体をカクテルにしたREGN-CoV2を開発したのである。

 この2つのモノクローナル抗体の組み合わせで、効果が高まる相乗効果は見られなかったものの、カクテルすることによって、今後起きるかもしれないSARS-CoV-2の突然変異による、中和抗体からのエスケープを回避しようというわけだ。実際、REGN-CoV2は、SARS-CoV-2のS蛋白質のD614G変異株(現在の流行株)を含む、多数の変異株を中和できることを証明しており、その有用性が示されている。

 Regeneron社は、2020年6月、臨床試験をスタートさせており、2021年4月にも、第3相臨床試験が終了する予定で、同臨床試験でも、LY-CoV555と同様、医療従事者や濃厚接触者を対象にSARS-CoV-2の感染を予防できるかが検証されるもようだ。現時点であらゆる中和抗体のデータが公表されているわけではなく、また、中和活性の測定系が異なることから直接比較はできないが、限られたデータから筆者が判断する限り、REGN-CoV2は現時点で最も有望な中和抗体の1つと評価できる。

受容体結合部位以外を中和抗体の標的にする動きも

 さらに最近では、これまで主要な標的と考えられてきた、S蛋白質の受容体結合部位(RBD)以外の領域に結合する中和抗体も重要であるとする報告が出てきている。

 まだ前臨床段階ではあるが、米Columbia UniversityのDavid Ho博士の研究グループは、COVID-19に感染し、十分量の中和抗体を産生している重症患者のB細胞から単一B細胞抗体クローニング法で252クローンの抗体遺伝子を同定。そのうち、最も中和活性の高い(IC50濃度=0.7-9ng/mL)ものを9クローン選択し、その抗体が認識するS蛋白質上のエピトープを徹底的に解析した研究成果を、2020年7月、Nature誌に報告している。

 解析の結果、9クローンのうち、4クローンはS蛋白質のRBDに結合し、3クローンはS蛋白質のN末端部位(NTD)に結合し、2クローンは他の不明の構造を認識していたという。S蛋白質のNTDを認識する中和抗体は、これまで見つかっておらず、今回が初めての報告とみられる。また、不明の構造を認識するクローンの中には、三量体を形成した際のS蛋白質だけに結合する抗体も同定されている。

 彼らが同定した、RBDに結合する抗体の1つ(クローン名:2.15抗体)は、ハムスターを用いた感染実験で、抗体を1.5mg/kg投与することにより、感染力を完全に無くすことが確認されている。研究グループは今後、三量体化したS蛋白質にだけ結合する中和抗体やNTDにだけ結合する中和抗体(3クローン)と、RBDに対する中和抗体(4クローン)とのカクテルを開発するものと推測される。カクテルの組み合わせは膨大なものになるが、最強の組み合わせが見つかる可能性はありそうだ。

 現時点で、どの標的に結合する抗体同士を組み合わせれば相乗効果が出るのかは分かっていない。しかし、SARS-CoV-2を中和できる中和抗体をカクテルにする考え方は、変異株の出現への対応という意味でも、今後重要性を増すと思われる。また、これまでの研究から、抗体依存性感染増強(Antibody -dependent enhancement:ADE)やワクチン関連の呼吸器疾患増強(vaccine-associated enhanced respiratory disease:ERD)の背景に、中和活性の無い抗体が関与している可能性が指摘されている。そのため、前述した中和活性のある抗体同士を組み合わせることにより、リスクの少ない理想的なポリ(オリゴ)クローナル抗体医薬を開発できる可能性もある。Regeneron社のREGN-CoV2を超える中和抗体が開発されるかもしれない。

あの手この手で抗体依存性感染増強を回避へ

 最後に、中和抗体の開発に当たって試みられている、ADEを回避するための取り組みについても触れておこう。ADEやERDは、ワクチン接種やウイルス感染によりウイルスに対して中和活性を持たない抗体ができ、その後、ウイルスに自然感染した際、その抗体の仲介でウイルスが積極的に細胞に取り込まれる現象を指す。ADEやERDの機序は完全には解明されていないものの、現在のところ、ワクチン接種やウイルス感染で中和活性の無い抗体が誘導されることで、抗体のFc領域がヒト細胞上のFc受容体に結合、ウイルスを積極的に取り込んでしまうと考えられている。そのため現在、中和抗体の開発に当たっては、ADEを回避するため、2つの試みが進められている。

 1つ目は、SARS-CoV-2が抗ウイルス抗体のFc受容体を介して、マクロファージなど食細胞へ取り込まれるのを抑えるため、中和抗体のFc断片にLALA(L234A、L235A)変異を導入する試みだ。Eli Lilly社がJunshi Biosciences社と共同で開発している中和抗体(開発番号:JS016(CB6-LALA))がそれに当たる。JS016は、中和活性が高く(IC50濃度=0.24nM)、サルを用いた中和試験では、50mg/kgのJS016の前投与で感染を阻止できたことから、有望な中和抗体とみられている。

 2つ目は、そもそもFc断片を持たないラマの単鎖抗体(single-domain antibody)を活用する試みだ。米University of Texasなどの研究グループは、コロナウイルスのS蛋白質に共通して保存されているエピトープを認識し、SARS-CoV-2にもSARS-CoV-1にも交叉反応性を示す中和抗体(開発番号:VHH-72)を開発中。VHH-72は、前臨床段階であり、ウイルスの中和活性が認められておらず、ヒト化もされていないので、実用化にはまだまだ遠いが、ADEのリスクを抑えられるという利点は大きい。加えて、単鎖抗体は大腸菌で製造できることから、製造コストを抑えられる上、室温でも取り扱いができ、吸入投与できる可能性があるなど、中和抗体の新しいモダリティとしての価値は計り知れない。

 中和抗体の開発競争は、1番乗りを争うフェーズから、高性能で安全な中和抗体はどれかというフェーズに移行しつつある。中和抗体が1日も早く開発され、COVID-19の感染予防と治療に使われるようになることで、一日も早く、COVID-19が収束することを期待したい。