(画像:123RF)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の回復期患者血漿療法は、米国などでは、あらゆる重篤な患者に緊急措置として実施されてきた。ただし、これまでのところ血漿療法の明確な有効性は示されておらず、「血漿療法によって重篤な患者を救える可能性はあるが、多数の患者を対象とした二重盲検の臨床試験で検証が必要」という状況にとどまっている。しかしながら、COVID-19の患者が重症化する前、できるだけ早い時期に中和活性の高い血漿を投与できれば、重症化を防ぐことができ、血漿療法は「神頼み」の治療法から有効な治療法へ脱することができそうだ。血漿療法の現状と将来を解説する。

 いわゆる回復期患者血漿療法(血漿療法)は、ウイルスに感染後、回復した患者から提供された血液から、血漿を調製して同じウイルスに感染した患者に投与するという古典的な治療法である。ウイルス感染から回復した患者の血中には、ウイルスの増殖を抑制する抗体(中和抗体)が存在するという前提に立った治療法だ。これまで人類は、新興感染症の危機に直面した際、常に血漿療法を試してきた。実際海外では、中東呼吸器症候群(MERS)や重症急性呼吸器症候群(SARS)、エボラ出血熱の患者に対して、血漿療法が試みられている。

COVID-19の血漿療法は中ぶらりんな状態に

 血漿療法は、ウイルスそのものや感染症の病態が全く分からないパンデミックの初期であっても、回復期患者から血液を提供してもらえば、すぐに実施できる簡便な治療法だ。そのため、命の危険にさらされた重篤な患者を救うことができるならばやってみようと、神頼み的に試みられてきた面がある。そういうわけで、今回のCOVID-19のパンデミックに対しても、COVID-19から回復した患者由来の回復期血漿療法(COVID-19 convalescent plasma:CCP)が各国で試みられている。

 しかし、COVID-19の重症患者に対する有効な治療法が確立していない中、実臨床ではあらゆる重篤な患者に緊急措置として血漿療法が実施されているのが実態だ。そのため、臨床試験という体裁は取っていても、多くが非盲検の観察研究に終わっている。その結果、これまで得られているのは「血漿療法によって重篤な患者を救える可能性はあるが、多数の患者を対象とした二重盲検での検証が必要だ」という結論だけである。

 実際米国では2020年8月、COVID-19の重症患者を対象に、血漿療法が緊急使用許可(emergency use authorization:EUA)された。今回のEUAの根拠の1つとなったのは、米Mayo Clinicが主導した臨床試験、厳密には、拡大アクセスプログラム(Expanded Access Program:EAP)のデータだ。

 プレプリントサーバーのmedRχivに発表された報告によれば、同プログラムの下、全米2807施設で3万5322例の重症患者を対象に血漿療法が実施され、重症患者に対する「有効性のシグナル」が示唆されたという。米食品医薬品局(FDA)は、それらのデータが、EUAの「有効性がある可能性がある(may be effective)」という基準に合致しており、考えられるリスクが考えられるベネフィットを下回ると判断して、EUAを出していた。

 ただし、Mayo Clinicの臨床試験は比較対象の無い、盲検化されていないデザインであり、ここから統計学的にうんぬん言うことはできない。にもかかわらず、米国Trump大統領は、FDAによるEUAについて、「FDAのお墨付きを得た」と胸を張り、それに同調する形で、FDAのStephen Hahn長官も、血漿療法の有効性について「100人のうち35人の命を救える」とコメント。その後、その数字に根拠が無いことが分かり、(Trump大統領はもちろんだが)Hahn長官は、「信頼性に欠ける、ミスリードな見解を示した」として大きな批判を浴びて、責任問題にまで発展している。

 なお、今回のEUAについて、米国のCOVID-19対策を強力に推進している米国立衛生研究所(NIH)傘下の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)のAnthony Fauci所長は「血漿療法の有効性に関しては中立であり、二重盲検の臨床試験での検証が必要である」と冷静な見解を示している。その後、2020年9月、NIHは血漿療法について二重盲検の臨床試験を実施して、有効性を検証すると発表しており、今後、血漿療法の有効性がはっきりすると期待されている。

血漿療法の有効性について結論が出ない理由

 なぜ、COVID-19に対する血漿療法の有効性について、いつまでも結論が出ないのか──。その理由は、主に2つあると思われる。

 1つ目の理由は、血漿療法に使われる血漿が、多くの施設で独自に調製されているが、少なくとも以前は肝心な血漿中の中和抗体の力価を測定できずに、力価不明のまま、その時入手できた血漿を1単位(200mL)以上投与するというやり方で行われたことである。その後の研究から、血漿を提供した回復期患者の血漿中の抗体(特に中和抗体)のレベルは患者ごとに大きく異なり、血漿中にほとんど抗体が検出されていないにもかかわらず、回復する患者がいることが明らかになった。多様な重症患者に、中和抗体の力価不明のまま(中にはほとんど抗体が含まれないまま)適当量を投与したのでは、神頼みにならざるを得ない。

 ただし、米Icahn School of Medicine at Mount Sinaiの研究グループが、最近Nature Medicine誌のオンライン版に発表した論文では、酸素を必要とするような重症患者であっても、抗体価の高い(320倍まで希釈しても結合活性のある)血漿を投与すれば、人工呼吸器につながれる(重症化する)割合が、対照群に比べて有意に低下し、生存率も改善するとのことだ。

 つまり、中和活性の高い血漿を用いて、できるだけ早い時期に投与すれば、重症患者が重篤化するのを阻止できる効果が期待できる、ということが改めて証明されたわけである。なお、同論文は、2020年5月末に、プレプリントサーバーのmedRχivに投稿されていたが、査読付き論文として発表されるまでに3カ月半かかっており、この間の臨床試験に、彼らの指摘が生かされることが無かったとすると残念である。

 2つ目の理由は、ほとんどの血漿療法の臨床試験で、かなり重症化した患者に対する有効性を評価しようとしたところにある。血漿療法は、北里柴三郎による細菌毒素に対する抗毒素療法から始まった「受動免疫」を基本にしている。細菌毒素の抗毒素療法では、感染後、できるだけ速やかに抗毒素(抗体)を投与しなければならないことが知られており、現行の抗毒素製剤にも明記されている。

 また、我々の研究グループが、マウスを用いてインフルエンザウイルス感染に対する中和抗体の有効性を評価した研究でも、感染(曝露)前に中和抗体を投与しておくと完全にウイルス増殖が抑えられ、感染後であっても、2日目までに投与すればウイルス増殖を抑えることができるが、3日目を過ぎると抗体を投与しても抑えられなくなることが示されている。これらのことから、COVID-19でも、人工呼吸器の装着を必要とするまで重症化したような患者を「受動免疫」だけで治療できる可能性は低く、不可能に近いと言わざるを得ない。

血漿療法の行方と免疫グロブリン製剤の可能性

 これまで得られた知見を総合すると、COVID-19の患者に対しても、重症化前のできるだけ早い時期に中和活性の高い血漿を投与するようにすれば、重症化を防ぐことができ、血漿療法は神頼みの治療から脱して有効な治療法になるものと思われる。

 現在では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する抗体の中和活性を、in vitroあるいはin vivoで測定できるようになっているので、血漿療法の評価に際しても、中和活性が高い回復期血漿を選べるようになっている。抗体のスパイク蛋白質に対する結合活性とin vivoでの中和活性の相関が分かってくれば、ELISAによって簡便に中和活性を推定することもできるだろう。

 今後、酸素投与を必要とする(人工呼吸器装着前の)重症患者を対象として、中和活性の高い血漿と、ほとんど無い血漿を投与してそれぞれの有効性を評価する二重盲検試験が実施できれば、血漿療法が重症化を阻止する有効な治療法として確立される可能性がある。COVID-19に感染しても、致死的な重篤化を防げれば、少なくとも有効で安全なワクチンの開発が終わるまでの間、血漿療法は有用な治療法になると思われる。

 一方で世界では、COVID-19の回復期患者の血漿から、ヒト免疫グロブリン(IgG:抗体)を分画して、高濃度の抗体を含む抗SARS-CoV-2ヒト免疫グロブリン製剤(血漿分画製剤)を開発する動きもある。

 武田薬品工業は、血漿分画製剤の世界最大手である米CSL Behring社をはじめ、ドイツBiotest社、英BPL社、フランスLFB社、スイスOctapharma社の6社で提携し、血漿分画製剤「TAK-888」の開発を進めている。ワクチンや治療薬で、各国の企業が開発競争を繰り広げているのとは対照的に、世界中の国と企業が協力し、世界への供給を目指す、理想の形を取っている。

 これまでに、血漿分画製剤「TAK-888」の詳細は発表されていないものの、少なくとも免疫グロブリンの濃縮・精製はされると思われるので、血漿療法で見られたような、中和活性の分からない成分を投与するという愚は繰り返される恐れは無いだろう。血漿分画製剤の製造工程では、抗体による感染増強(ADE)のリスクを避け、できるだけ中和抗体だけにする目的で、SARS-CoV-2のスパイク蛋白質を用いたアフィニティ精製を行う可能性が高い。アフィニティ精製を行った、中和活性の高い抗体を製剤化し、重症化前の患者にできるだけ早く投与することができるようになれば、血漿療法同様、重症化を阻止できる治療法になると期待される。

 血漿分画製剤「TAK-888」の臨床試験は、当初、2020年8月に始まるとされていたが、開始が遅れているようである。血漿分画製剤は、原理的には感染者の多いどこの国でも調製でき、世界中で重症化を防ぐことができるようになると期待される。武田薬品などの企業連合には、「TAK-888」の臨床試験を完了して、ぜひ有効性を証明して、実用化してもらいたいものである。

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