不活化ワクチンの製造に使うVero細胞がビーズ上で増殖する様子(提供:KMバイオロジクス)
 化学及血清療法研究所の主要事業を承継した、明治グループのKMバイオロジクスは、同社が保有する技術や施設を活用し、国立感染症研究所(感染研)や東京大学医科学研究所、医薬基盤・健康・栄養研究所と共同で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対して、不活化ワクチンの開発に乗り出した。2020年6月30日、同社製品開発部の園田憲悟部長が本誌の取材に応じた。
取材に応じた園田部長(提供:KMバイオロジクス)

新型コロナウイルス感染症に対して、不活化ワクチンの開発を進めている。

 これまでの蓄積があり、技術もあるので、我々は不活化ワクチンが一番得意だ。不活化ワクチンとしては、乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン「エンセバック」を製造販売している。同ワクチンは日本脳炎ウイルス(北京株)をアフリカミドリザル腎細胞由来細胞(Vero細胞)で増殖させ、ウイルスをホルマリンで不活化、精製し、安定剤を加えて凍結乾燥させたものだ。また、過去にはジカ熱に対する不活化ワクチンを開発し、第1相臨床試験まで実施した経験もある。同ワクチンも、ジカウイルスをVero細胞で培養後、不活化、精製したものだ。

 COVID-19に対しては、2020年1月、2月ごろ、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がVero細胞でも増えるという情報を得て、感染研も、TMPRSS2(transmembrane protease, serine 2)遺伝子が恒常的に発現しているVero細胞(VeroE6/TMPRSS2細胞)でSARS-CoV-2を単離、検討を始めた。

SARS-CoV-2は、培養細胞で増えにくい可能性も指摘されていたが。

 インフルエンザウイルスは、複数のRNAから同じ数のmRNAを転写するのに対し、コロナウイルスは、1本のRNAから複数のRNAを転写する。転写系がやや複雑なため、増えるかどうか不安もあったが、やってみると意外によく増える。既にVero細胞で増えることは確認済みなので、製造には、我々がマスターセルバンクとして確立済みで、日本脳炎ワクチンの製造にも使っているVero細胞を使う方針だ。

ワクチン製造株はどう選定するのか。

 現在、幾つかの候補株を評価しているところだ。感染研などから日本で単離されたウイルス株を供与してもらい、Vero細胞での増殖性、分離にウシ胎児血清やトリプシンなどの生物由来原料を使っていないか、などを調べている。

COVID-19では、ウイルスのゲノムの違いから、武漢型や欧州型、米国型などが報告されている。D614Gに変異が生じた欧州型が猛威を振るっていると指摘されているが、ワクチン製造には欧州型のウイルス株を使うのか。

 その違いによって血清型(ウイルスに対して誘導される中和抗体)まで違うとなれば考えるが、中和抗体がどれほど違うかについてデータが無い。現状では、日本で単離されたウイルス株を使い、誘導される抗体が中和抗体かどうかを評価する。

不活化ワクチンの開発スケジュールは。

 現在、ウイルスの培養方法、不活化方法、精製方法などの検討を進めている。不活化や精製にも大きな課題があるわけではないが、じっくり検討している暇も無いのでスピード感を持って開発を進める。最も実用化の可能性が高いと考えられるものをプランAとして順調に開発している。2020年夏前には非臨床試験を始め、最短で2020年11月から臨床試験を開始することを目指している。

非臨床試験はどこまでやるか。

 過去の不活化ワクチンの非臨床試験のデータセットを参考にしつつ非臨床試験を実施する。毒性については、小動物での単回投与、反復投与などを行うことになるだろう。抗体依存性感染増強(ADE)やワクチン関連の呼吸器疾患(enhanced respiratory disease:ERD)など、接種後の増強(増悪)については、複数の動物モデルで評価を行うが、ワクチンを接種後にウイルスを曝露して増強が起きるかどうかだけでなく、サイトカインやヘルパーT細胞の動きなども評価する方針だ。また、ワクチン接種後に、抗体価が下がった時期にウイルスを曝露し、ウイルスの感染が増えるかどうかなどを評価することも考えられる。

 COVID-19にワクチンを開発するかどうか、当初は、ADEの懸念があったため慎重になっていた。ただ、中国Sinovac Biotech社がScience誌に発表した論文では、マカクサルに開発中の不活化ワクチンを接種後、ウイルスを曝露させても増強は認められなかった。また、SARS-CoV-2に一度も感染したことの無いヒトのかなりの割合で、SARS-CoV-2に反応する細胞性免疫が存在することが分かってきており、ここ数カ月でADEの懸念はだいぶ払拭されてきた印象だ。

不活化ワクチンには、アジュバントは添加するのか。

 アジュバント無しのワクチンも考えているが、供給量を増やすため、アジュバント入りも考えている。もし、アジュバントを添加することで、抗原の量が2分の1、3分の1で済めば、より多くのドーズを供給できる。なお、アジュバントのプランAは、アルミニウム塩を主とするアジュバント(アラム)になるだろう。致死率がもっと高い感染症なら、確実にと思うが、今回はある程度、安全性も考えないといけない。

非臨床試験のデータセットについてはどうか。

 通常通り、最低減必要なデータはそろえる。霊長類を用いた動物実験も行う予定だ。ただ、不活化ワクチンは既存のモダリティなので、一定のところまで評価したら次のステップに進むことにはなっている。厚生労働省も2020年6月、新型コロナウイルスワクチンの開発で基礎研究から承認、製造まで全過程を加速化する「加速並行プラン」を示している。

開発する不活化ワクチンの効果については。

 不活化ワクチンは、血中の抗体価(IgG)を上げるので、肺炎の重篤化を防止するのが主な役割になるのではないか。COVID-19に対しては、重症化が防止できれば、最低減、肺炎などで死亡する症例数が減る。もし、感染してもウイルスのシェディング(排出)期間を短くできれば、感染者を抑え込むことにつながるので意味が大きいが、不活化ワクチンでは力不足かもしれない。

 COVID-19に対しても、第3世代、第4世代のワクチンが開発されれば、経鼻投与で粘膜免疫を誘導し、感染を防止できるものが出てくるかもしれない。

開発する不活化ワクチンは単回投与か複数回投与か。

 COVID-19には基礎免疫が付いていないので、プライムとブーストの2回接種が必要だと考えている。もし季節性のウイルスになり、毎年流行するとなれば、将来的にはブーストだけになるのではないか。

不活化ワクチンの開発を進めるのと並行して、今後出現するかもしれないあらゆるコロナウイルスを念頭に、プロトタイプワクチンの開発も進める。

 コロナウイルスが問題になるのは、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)に次いで3回目だ。当然、4回目もあるだろうと考えられるので、プロトタイプワクチンの承認を取得しておき、新しい流行株が出てきたときに、事前に決めておいた幾つかの非臨床試験、小規模な臨床試験でいち早く供給できるようにしたい。

 もっとも現在は、COVID-19に対する不活化ワクチンのプランAを全力で開発している。並行して、その開発を邪魔しない程度に、他のコロナウイルス株を培養した不活化ワクチンを作り、同様の薬効データが取れることなどを示して、プロトタイプワクチンの承認取得を目指す。

承認取得に向けた課題は。

 第3相臨床試験でどのように有効性を確認するかが課題だ。我々は、日本向けにワクチンを開発しているので、海外で臨床試験を実施するのは難しいが、日本での流行は収束しつつある。

 できれば、中和抗体価などサロゲートマーカーで承認が得られればありがたいが、COVID-19は、既存のワクチンや知見が蓄積されていて、数百例の臨床試験でサロゲートマーカーで承認が得られる感染症とは違う。先行する海外企業は、3万人規模の第3相臨床試験を計画しているが、我々はどうすればいいのか。日本企業はどこも似たような感じなのではないか。

既存の製造施設を活用するのか。

 新型インフルエンザワクチン用の1カ所の製造施設を活用する。新型インフルワクチンは、浮遊系のEB66細胞を用いた細胞培養ワクチンだったが、今回は付着系のVero細胞を使うので、ビーズを用いて接着培養する計画だ。幾つかタンクをつなぎ直す必要はあるが、メインの培養槽はそのまま使える。

 COVID-19のワクチンの生産量の見込みは立っていない。どの程度のヒトが接種するかも見通せないが、国民が毎年打つには足りないだろう。仮に2回投与だったとしても、2000万人分、3000万人分を目指す方針だ。できるだけリーズナブルな価格で提供できればと考えている。

世界で多様なモダリティのワクチンが開発されている状況をどう見ているか。

 DNAプラスミド、mRNAベースのワクチンはこれまで実用化していないため、何とも言い難い。また、ウイルスベクターを用いたワクチンは、体内に抗体ができるため、1回しか投与できないはずだ。第1世代のワクチンとしていち早く免疫を付けるには良いのだろうが、我々のようなオーセンティックな不活化ワクチンや、組換えワクチンは、第2世代のワクチンとして、COVID-19が季節性になっても対応していけるものになるのではないか。

 第1世代のワクチンが輸入されて流行を抑え切れるのであれば素晴らしい。ただ、様々なワクチンが100%開発に成功するかは分からないので、確実で安全で有効なワクチンとして、不活化ワクチンを開発、提供するのが我々の役割だ。副作用の出方も、大体は分かっている。一部発熱は出るかもしれないが、予期せぬ副作用のリスクは、新規のモダリティに比べると少ないのではないか。

1回目、2回目で異なるモダリティのワクチンを組み合わせて接種するということも考えられる。

 他のモダリティとの併用は評価してみないと分からないが、DNAプラスミドベース(1回目)のワクチンを不活化ワクチンや組換えワクチン(2回目)と組み合わせるといった可能性はあり得るとは思う。5年後、6年後にそういった臨床試験が幾つか行われるかもしれない。