新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチンが、世界中から熱望されている。2020年5月22日に世界保健機関(WHO)が発表した「Draft landscape of COVID-19 candidate vaccines」によれば、世界では、100品目以上のワクチンの開発が進められており、10品目で臨床試験が実施されている。そんな中、ワクチン開発に追い風となる知見が発表された。

 有効なワクチンを開発するためには、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病因についての情報だけでなく、感染した患者のSARS-CoV-2に対する免疫応答に関する情報が必要であるが、そうした報告はこれまでほとんど無かった。特に、(1)感染した患者の免疫系によってSARS-CoV-2に対してどのような免疫応答が誘導されているのか、(2)その免疫応答は持続するのか、(3)自然界に存在する、いわゆる風邪(common cold)の原因ウイルスとしての(季節性)コロナウイルスに対する免疫がSARS-CoV-2に対する免疫応答に関係しているか――といった基本的な情報さえも得られていなかった。そのため、これまでは、そもそもワクチンの開発が可能なのかということすら不透明で、中には不安視する論調さえ聞こえてきていた。

 このような状況下、感染患者のSARS-CoV-2に対する免疫応答に関する初めての情報が米La Jolla Institute for Immunologyからもたらされた(Grifoni, A. et al., Targets of T cell responses to SARS-CoV-2 coronavirus in humans with COVID-19 disease and unexposed individuals, Cell (2020)、DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.05.015.)。超一流科学誌であるCell誌のプレプリントの論文として公表されたものであるが、結論から言えば、SARS-CoV-2のワクチン開発に携わる研究者に、希望と大きな安心をもたらす科学的に信頼できる情報であり、2020年5月18日の米Genetic Engineering & Biotechnology Newsでも取り上げられている。

 論文では、感染後に入院を必要としないで回復した、20人の患者の抗体応答とT細胞応答を解析した。軽症者を研究対象にしたのは、COVID-19では、何らかの普通ではないことが起こっている可能性があることから、感染後に入院を必要としなかった患者に起きたと考えられる、正常な免疫応答を解析したというわけだ。そうした患者では、SARS-CoV-2に対して典型的かつ強力な抗ウイルス免疫応答が起こっており、全ての人に抗体とCD4陽性T細胞(抗体応答のヘルパーT細胞)が誘導されていた。さらに、70%の人にはCD8陽性T細胞(感染細胞を殺す細胞傷害性T細胞)が誘導されていた。

 免疫応答は強力であり、中途半端な免疫応答は認められなかったので、ワクチンの開発で危惧されている抗体依存性感染増強(ADE)は問題にならないであろうと示唆する重要な結果であった。「新型コロナウイルスに対しては免疫が成立しないで、再感染が起こるのではないか」といった人々の心配を吹き飛ばす結果でもあった。

 加えて論文では、回復患者で見られるスパイク(S)蛋白質に対するCD4陽性T細胞の応答が強力であり、それと、SARS-CoV-2に対するIgG抗体とIgA抗体の抗体価が相関していることも観察された。現在開発が進んでいるワクチンには、様々なモダリティが用いられているが、大部分は表面のスパイク(S)蛋白質を抗原として、同蛋白質に対する中和抗体の誘導を目指しているので、世界中のワクチン開発者が胸をなで下ろす結果であった。

 さらに論文では、SARS-CoV-2を構成するスパイク(S)蛋白質、ヌクレオカプシド(N)蛋白質、メンブレン(M)蛋白質、エンベロープ(E)蛋白質を4000以上のペプチド断片にし、CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞が4つの蛋白質のどの部位を認識するかを解析している。その結果、回復した患者のCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞はスパイク蛋白質を含む、SARS-CoV-2の全ての蛋白質を認識していた。どのエピトープがワクチン開発のキーになるかという最も重要な情報であり、興味が尽きない。

 同論文が特に優れている点は、この方法でSARS-CoV-2に感染して回復した患者の免疫応答を解析しただけでなく、SARS-CoV-2流行前の2015年から2018年の間に収集され、凍結保存されていたSARS-CoV-2にさらされた可能性の無い(unexposed)健康人のT細胞を用いて、SARS-CoV-2を構成する4つの蛋白質を認識するかどうかを初めて解析したところである。

 その時期の健康人は、風邪(common cold)をひいて、風邪の原因ウイルスである、何らかのコロナウイルスに対する免疫が成立しているはずであり、その免疫が、その後に新興ウイルスとして出現したSARS-CoV-2に対して働くかどうかは最も知りたいところであった。結論として、SARS-CoV-2流行前の健康人の40%から60%には、SARS-CoV-2の4つの蛋白質を認識するT細胞の免疫記憶が成立していた。また、この時期の全ての人のT細胞に4種の風邪のコロナウイルスのうちの少なくとも3種に交差反応性が示された。

 同論文の筆者らは、この論文で示された交差反応性T細胞の知見はワクチン開発を勇気付けるだけでなく、現在拡大中のパンデミックの理解を深め、さらに、無症状の感染者、在宅で回復する患者、入院して回復する患者と重症化する患者で免疫応答にどのような違いがあるかを解析する基盤ができたと主張している。

 疫学的には、流行国による感染拡大ぶりの違いや死亡率の違いなどに、この交差反応性T細胞の存在がどのように関わっているかも興味深い。BCGの使用国と未使用国との死亡率の違いも、COVID-19の拡大前に各国で流行した風邪のコロナウイルスの種類の蓄積によって説明できるのかもしれない。致死率の低い国では、SARS-CoV-2に交差反応性のT細胞による記憶が成立している人が多いとすれば、ワクチン開発の方向も決まってくる可能性がある。さらなる免疫学的基礎研究の蓄積が待たれる。

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