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図1 タスクフォースが実施する研究の全体像

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死亡者数が日本で少ない背景には、宿主側の遺伝学的な因子が影響しているのではないか――。慶應義塾大学、東京医科歯科大学、大阪大学、東京大学医科学研究所、東京工業大学、北里大学、京都大学は、2020年5月21日、共同研究グループ「コロナ制圧タスクフォース」(研究開発代表者:金井隆典教授)を立ち上げ、遺伝学的因子の解明と粘膜ワクチンの開発を始めると発表した。タスクフォースのメンバーで、京都大の小川誠司教授は「今回得られるデータが、今後、広く活用されることを願っている。多くの先生方と共有し、様々な角度から利用してもらって、この感染症を克服したい」と意気込みを語った。

 米国やイタリア、スペイン、英国などに比べて、日本や韓国、タイなどでは、COVID-19による死亡者数が比較的少数に抑えられている。日本で死亡者数が少ない理由については、医療提供体制やマスクの着用、手指衛生、社会的距離を取る慣習、ロックダウンのタイミング、ウイルス側の要因、過去の類似ウイルスの流行、ウイルス受容体の低発現、BCGワクチンの接種歴、基礎疾患の違い、常用している医薬品など、様々な指摘がされているものの、決定的なものは見つかっていないのが現状だ。

 その中で、1つの可能性として注目されているのが、ヒト白血球抗原(HLA)遺伝子多型をはじめとする、宿主側の遺伝学的な因子が重症化に関わっているのではないかという仮説だ。そこで今回、タスクフォースでは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が検出され、COVID-19と診断された、国内の重症者と軽症者の遺伝学的因子を比較・解析する研究をスタートさせる。並行して、粘膜ワクチンの研究開発にも取り組む。今後、海外のコンソーシアムなどと連携することも視野に入れている。

 研究の対象とするのは、(1)ICU管理または人工呼吸器が必要な「重症者(死亡者含む)」が100例から200例、(2)酸素飽和度(SpO2)が96%以上で呼吸器症状が無く、咳のみで息切れの無い「軽症者」が200例、(3)症状を呈していない「無症状感染者」が200例――の合計500例から600例。「感染していない健常者の遺伝学的因子と比較することも考えられるが、感染したかどうかは、濃厚接触者との接触歴の有無などの影響が大きいため、まずは、感染して重症化した患者と、感染しても軽症で済んだ患者とを比較して、遺伝学的な差を見いだせればと思っている」と金井教授は説明する。

 具体的には、医療機関で研究対象者の採血(7mL×2本)を行い、検体を輸送した後、エスアールエルで血清、血漿を分離するとともに、DNA、mRNAを抽出。血清、血漿は慶應大に保管し、DNA、mRNAは外部の解析機関で解析を実施する。解析機関では、高解像度HLA解析、SNPアレイ解析、全ゲノムシーケンス解析、T細胞レパトア解析、発現解析などを実施する。その上で、医科研、大阪大、東京医科歯科大、国立国際医療研究センター、京都大などが分担してデータの解析を行い、COVID-19による重症化因子の同定を進めて、重症化予測システムの構築につなげる。また、データの解析結果を活用し、北里大、東京工業大で粘膜ワクチンの開発を行う。

 研究対象者は、今回のタスクフォースに参加している大学病院やその関連病院の他、同タスクフォースの共同研究先の医療機関で募集する。現時点で、10カ所の医療機関で検体収集が始まっており、40カ所で倫理委員会の審査に向けて申請中。「研究対象者が500例から600例というのは最低限で、今後、協力医療機関などが増えれば、1000例、1200例に対象者を拡大する可能性もある」と金井教授。タスクフォースでは、検体を収集後、2020年7月にも解析を実施し、2020年9月をめどに最初の研究成果をまとめる計画だ。

 宿主側の遺伝学的な因子のうち、HLA遺伝子多型による免疫応答が重症化しやすさに関連しているのではないかと指摘されている背景について、国立国際医療研究センターの徳永勝士プロジェクト長は、「ウイルス感染細胞は、HLAを介してウイルス蛋白質由来の断片を抗原として提示し、それを起点に、細胞傷害性T細胞など様々な免疫細胞による免疫反応が引き起こされる。ただ、重症者では、HLAを介した抗原提示の結果、サイトカインストームのような非常に強い免疫反応が起きている可能性がある」と話す。

 今回の研究で、どの程度の頻度の遺伝子多型まで同定できるかについて、大阪大の岡田随象教授は「理論的には、0.1%程度まで網羅できるのではないかと考えている。これまで人類と共存していた疾患と異なり、全く新しい疾患なので、ありふれた多型が関連しているかもしれないし、非常に低い頻度の多型が関連しているかもしれない」と説明する。

 なお、北里大、東京工業大では、東京工業大の上野隆史教授が開発した分子ニードル技術をベースにしたワクチンの開発を進める。具体的には、バクテリオファージの尾部先端部分(約10nmの分子ニードル)を薬物送達システム(DDS)として活用し、その分子ニードルに抗原として蛋白質やペプチドを付加したもの。細胞内で遊離した抗原の一部が、HLAに提示され、免疫反応が誘導されると期待されている。

 分子ニードルは、自発的に細胞膜を貫通し、細胞内に侵入する性質があることから、鼻からの吸引や舌下への滴下、カプセル化して経口で接種するなど、侵襲性の低いワクチンとして開発できる可能性がある。分子ニードル技術を用いたワクチンについては、現在別のウイルス感染症を対象に、動物実験などで重症化防止などの効果が認められている段階だ。タスクフォースでは、HLAに載りやすい抗原を使ったり、(重症化しやすいHLA遺伝子多型が見つかれば)サイトカインストームの原因になり得る抗原を使わないなど、今回の研究でのデータ解析の結果を抗原の選別などに活用する。

 コロナ制圧タスクフォースは、2020年5月15日、日本医療研究開発機構(AMED)の創薬支援推進事業新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチン開発における研究開発課題「新型コロナウイルス感染症の遺伝学的知見に基づいた分子ニードルCOVID-19粘膜免疫ワクチンの開発」として採択されている。同研究費に加え、研究の趣旨に賛同した寄付者からの寄付金を基に実施される。

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