花王と埼玉大学関連ベンチャーのEpsilon Molecular Engineering(さいたま市桜区、根本直人代表取締役)、学校法人北里研究所の北里大学大村智記念研究所ウイルス感染制御学Ⅰ研究室の片山和彦教授らは、cDNAディスプレイ法によりわずか3週間で選び出したVHH抗体が、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2、以降は新型コロナと略記)の細胞感染を阻害する活性を持ち、他のコロナウイルスを見分ける特異性を持つことを見いだした。2020年5月7日11時に北里研がプレスリリースを出し、11時半から花王が説明会をONLINEで開催した。

 片山教授らがいち早く確立した、薬剤の新型コロナ不活化効果を評価するシステムを活用した。このシステムは、適正濃度の薬剤を約1万個のウイルスに接触させたときに、ウイルスを完全に死滅させることができるかどうかを評価するもの。ウイルスの完全死滅は、細胞に感染させることで確認する。細胞の生死とウイルスの増え具合の両方を確かめ、薬剤の効果を判定する。一粒でも感染力のあるウイルスが残っていれば3日間から6日間のうちに全ての細胞が死滅するため、厳格な評価が可能だ。用いるウイルスの濃度は、新型コロナを効率良く増殖できる細胞で増やした細胞培養上清を原液のまま用いている。通常の生活の中で出会うことはほとんどないほどの高濃度で用いるため、安心して使用できる薬剤を見つけ出すための評価方法という。

 この技術で調べたところ、このVHH抗体は新型コロナ粒子に結合するだけでなく、新型コロナが細胞に感染するのを抑制・阻害する中和活性を示した。さらに、風邪原因コロナの1つであるOC43は中和しなかったことから、新型コロナに特異性が高い中和抗体である可能性が見いだされた。中和活性は治療薬の開発で、特異性は診断薬の開発で重要だ。

片山教授は新型コロナ北里プロジェクトの責任者

 研究グループは得られたVHH抗体を、新型コロナの抗原検査や抗体検査、治療薬の創薬に活用していきたい考えだ。片山教授は、北里研が2020年3月に始動した「COVID-19対策北里プロジェクト」(研究実施期間は2021年3月末まで)にて、北里生命科学研究所(大村智記念研究所)のプロジェクト責任者を務めている。

 この3者共同研究は、花王が企画して始められた。花王はまず、抗体に認識させる抗原のエピトープである新型コロナの表層にあるスパイク蛋白質S1サブユニットをヒト培養細胞で発現させたものを準備した上で3月16日から、花王とEMEがcDNAディスプレイ法によるスクリーニングを1週間行った。次いで3月23日からの1週間で遺伝子を人工合成し、続く1週間で微生物によるVHH抗体作製を花王が行った。このVHH抗体の性能評価は4月7日から花王と北里研が開始した。

 花王の感染症研究の蓄積と、cDNAディスプレイ法を用いてVHH抗体を選び出すEMEの技術により、試験管内の評価のみのわずか3週間で、中和活性のあるVHH抗体の取得に成功した。動物に免疫して抗体を作製する通常法に比べ、半分未満の短期間で達成できたと、花王安全性科学研究所の森本拓也グループリーダーは説明会で解説した。花王では安全性科学研の他に生物科学研究所と解析科学研究所も、この新型コロナの共同研究に参加している。花王は2019年4月にESG(環境・社会・ガバナンス)戦略「Kirei Lifestyle Plan」を公表した。今回の取り組みは、このうちSの「社会課題の解決」に位置付けられると森本氏は話した。

 VHH抗体は、アルパカなどのラクダ科動物が有する重鎖抗体(H鎖のみで構成される抗体)のうちの可変領域を取り出したもの。温度やpHなどに対し高い安定性を持ち、微生物を用いた低コスト生産が可能で、多価抗体や多重特異性抗体、薬物・化合物の修飾など、蛋白質工学的な改変も容易だ。通常の抗体であるIgGに比べ、分子量は10分の1で、エピトープを認識する立体構造が特殊な形状をしていることから、中和抗体も取得しやすいとされる。2018年にはヒトの治療薬として承認された。ここ数年で基本特許とされる知的財産権が失効され、開発が活発化している。

 花王は、枯草菌などの微生物の遺伝子組換え育種などによって、酵素などの蛋白質を高効率で生産する技術の蓄積を持ち、衣料用洗剤や染毛剤などに実用化している。この自社技術が、微生物で安定生産しやすいVHH抗体の生産で強みになるとしている。

 花王は、cDNAディスプレイ技術を開発した埼玉大学大学院理工学研究科の根本直人教授らとの共同研究を2015年に開始した。今回の共同研究相手のEMEは、翌2016年に設立され、根本教授が代表取締役に就任した。EMEは自動化を進めた次世代のcDNAライブラリー作製技術や次世代シーエンサー(NGS)とIT解析により高効率を実現したスクリーニング技術を保有し、VHHの特徴と欠点を補う分子設計でも社内展開できる強みを持つ。共同研究は現在、数社と実施中で、数社と協議中だ。

 cDNAディスプレイ法は、核酸(DNAやRNA)の塩基配列情報である「遺伝子型」と、当該塩基配列がコードする蛋白質の機能「表現型」とを対応付けできる日本発の技術の1つ。cDNAディスプレイ法ではcDNAと蛋白質とが共有結合しているため、目的の機能性が高い蛋白質をライブラリーの中から見つけたら、その蛋白質に連結しているDNAの塩基配列情報をPCR増幅で読み取ることにより、望みの機能性の高い蛋白質をコードする塩基配列情報を取得できる。

 同様のディスプレイ法としては、2018年のノーベル化学賞の授賞対象となったファージディスプレイ法が有名だ。これと比較すると、cDNAディスプレイ法は、細胞を使わない無細胞翻訳系のため、スクリーニングの対象とするライブラリーのサイズを特に大きくできるという特長がある。用いるライブラリーにもよるがおよそ100億(10の10乗)から10兆(10の13乗)程度の多様性を持つライブラリーを1回の試験管内実験で扱うことができる。ファージディスプレイに比べて桁違いに多い。100万倍ともいわれる。

RePHAGENはVHH発現ベクターを研究用に無償配布

 新型コロナのスパイク蛋白質S1サブユニットを認識するVHH抗体は先に、琉球大学発ベンチャーのRePHAGEN(沖縄県うるま市、村上明一代表取締役)が選び出したことが知られる。同社は非営利目的の研究用途に限り、取得したVHH抗体の情報を無償公開している。4月20日には、VHH抗体-検出タグ-6xHisタグ融合蛋白質発現ベクター(大腸菌用)の無償配布開始(研究用途限定)を発表した。

 同社はこのVHH抗体の作製に要した期間も開示している。新型コロナのゲノム塩基配列解析に1日間、S1サブユニット部分遺伝子人工合成に1週間(外部委託)、標的蛋白質の調製に4日間、パニング(3ラウンド)およびモノクローナル化に8日間、VHH抗体遺伝子解析に3日間(外部委託)、CDR3温存ライブラリー構築に5日間、パニング(2ラウンド)およびモノクローナル化に6日間、VHH抗体遺伝子解析に3日間(外部委託)、大腸菌発現系によるVHH抗体蛋白質の作製に4日間。標的蛋白質を調製した後の所要期間は合計27日間、およそ4週間と計算できる。同社のウェブサイトには、VHH抗体の選択にファージディスプレイ法を用いていることが記載されている。

 花王は説明資料にて、このRePHAGENの新型コロナVHH抗体については中和能や結合の特性などが不明としている。

 なお、EMEはVHH抗体ライブラリーのライセンスをRePHAGENから受けていることを開示している。

 日経バイオテクと日経メディカルでは、2020年5月30日(土)10:00~12:30に「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)征圧への道」と題するオンラインセミナーを実施します。医療崩壊を防ぎながら、経済活動を速やかに再開するのはどうしたら良いのか。医療とバイオテクノロジーの専門誌記者がCOVID-19治療薬やワクチンの開発動向を踏まえながら、抗体検査など最新の検査技術についても解説します。当日は、米シリコンバレーから日経BPシリコンバレー支局長の市嶋洋平や、Stanford大学の西村俊彦ディレクター(Stanford Laboratory for Drug, Device Development & Regulatory Science:SLDDDRS)もオンラインで生出演し、現地の最新情報も伝えていただく予定です。

会場  Zoomを使ったウェブ配信セミナー
受講料 2000円(税別)
定員 500名(上限)
主催 日経メディカル、日経バイオテク
申し込みはhttps://www.nikkeibp.co.jp/seminar/atcl/med/200530/