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 2020年4月7日、日本で新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言が出されたのと同じタイミングで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療法開発に関して、大きなニュースが飛び込んできた。カナダが、COVID-19の患者を対象として、世界最大規模の臨床試験をスタートさせるというのだ。

 同臨床試験で評価するのは、回復期患者の血漿を投与するという古典的な治療法である。回復期血漿を用いた治療は、感染症から回復した患者に血液を提供してもらい、患者の血漿に感染症の病原体に対する中和抗体があることを確認した上で、患者に投与するというものだ。インフルエンザウイルス感染症など、様々な感染症に対する治療法として、古くから行われてきた。

 今回のCOVID-19に対しては、中国、シンガポール、韓国、米国で少数の患者に回復期血漿の投与が行われ、有効性が示唆されているものの、それらの治療は対照群が置かれた臨床試験で評価されたわけではなかったため、厳密なデザインに基づく臨床試験の実施が待たれていた。臨床試験の結果などが出ていない段階ではあるものの、感染者の急激な増大に見舞われている米国では2020年3月末に米食品医薬品局(FDA)が、患者1例を対象とした緊急臨床試験開始申請(emergency IND:eIND)を活用してCOVID-19の患者に回復期血漿を投与できるとの考えを示し、ニューヨーク州で患者への投与が始まることになっていた。

 こうした状況で今回、カナダの研究グループが回復期血漿を用いた治療について、世界最大規模の臨床試験を開始すると発表したのだ。同臨床試験は、カナダMontreal大学、Ottawa大学、Toronto大学、McMaster大学、British Columbia大学など、カナダ全土の大学と病院、合計40施設が中心となり、血液センターの助けを借りて1000例を対象に実施される。

血液センターでウイルス感染が無いことを確認できればすぐ投与が可能

 同臨床試験での回復期血漿を用いた治療の流れはこうだ。COVID-19から回復した患者の血漿中に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やHIV、C型肝炎ウイルスなどの感染が無いことを確かめた上で、通常の献血と同様、45分で採血を実施。その回復期血漿をすぐCOVID-19の患者に投与できるという。回復期血漿を用いた治療について、研究グループは、「リスクのない治療であり、神頼み(Hail Mary)かもしれないが、費用もかからず安価で、すぐに始められる治療法だ」としている。

 重要なのは、同臨床試験で回復期血漿投与群に割り付けられた患者は、治癒に向かい、重篤な患者でも救命できる可能性があるということだ。回復期血漿を用いた治療の由来は、動物に毒素を注射し、その抗毒素を投与する血清療法であり、1890年代、北里柴三郎の受動免疫の発見の歴史から始まったものだ。回復期血漿を用いた治療は、患者の治療に有効であるだけではなく、健常者に投与しておくことで感染を予防できる可能性もある。

 COVID-19の感染拡大で医療崩壊が起こっている国・地域だけではなく、これから医療崩壊が起こり得る日本においても、医師や看護師などの医療従事者に回復期血漿を予防目的で投与することができれば、命を懸けて新型コロナウイルスと闘っている医療従事者の精神的な支えになり、さらに、病院での感染拡大を防ぐことにもつながるだろう。今回カナダで実施される臨床試験で、回復期血漿を用いた治療の有効性が証明されれば、その意義は計り知れない。

 COVID-19に対しては、欧米の大手製薬企業やバイオ企業が相次いで参入するなど、抗体医薬の研究開発も進んでいる。02年から03年にかけて、重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行した際も、感染予防や治療に有効な抗体医薬の開発が進められたが、すぐに流行が終息したことで、臨床試験に至ったものはほぼ無かった。ただその後、関節リウマチやがんなどに対して抗体医薬が続々と開発され、市場が拡大。ヒト抗体の創製技術も大幅に進化、成熟した。こうした背景が今回、SARS-CoV-2を中和する完全ヒト抗体医薬の開発を一挙に推し進めていると思われる。

 そんな中、中国の研究グループが、抗体医薬に関して相次いで衝撃的なプレプリント論文を発表している。

 中国The Third People's Hospital of Shenzhen(深セン市第三人民医院)のBin Ju氏らの研究グループは、新型コロナウイルスに感染した8人の患者のB細胞から、単一細胞発現クローニング法によって、206クローンのヒト抗体遺伝子をクローニングし、SARS-CoV-2に中和活性を示すクローンの同定に成功したと明らかにした(Bin Ju,et al.bioRxiv.2020.03.21.990770)。また、中国Fudan大学のYanling Wuらの研究グループは、ファージディスプレイ法によって、単鎖完全ヒト抗体ライブラリーを作製。SARS-CoV-2に対する中和抗体の作製にも成功している(Yanlin Wu,et al.bioRxiv.2020.03.30.015990)。こうした研究成果は、これまでの約20年の蓄積が、抗体医薬の研究開発を大きく前進させた結果だといえるだろう。