東京大学医学系研究科が新型コロナウイルスによる肺炎に対するカモスタット(小野薬品工業)の臨床研究を計画していることが明らかになった(画像:123RF)

 ドイツ霊長類センターなどの研究班は3月上旬、新型コロナウイルスの細胞への侵入機構について細胞株を用いてin vitroで実験した結果を、ライフサイエンスの学術誌「Cell」に論文投稿した。この研究論文では、カモスタットメシル酸塩が、新型コロナウイルスのヒト細胞への感染を妨げることを培養細胞などを使った実験で確認したと報告している。こうした研究に基づいて、東京大学医学系研究科では新型コロナウイルスによる肺炎(COVID-19)に対するカモスタットの臨床研究を計画している。

 Cell誌の論文では、新型コロナウイルスがヒトの細胞に感染する際に、細胞の膜上にあるACE2と呼ばれる受容体たんぱく質に結合した後、やはり細胞膜上にあるセリンプロテアーゼと呼ばれる酵素の1種であるTMPRSS2を利用して細胞内に侵入していることが報告されている。カモスタットはTMPRSS2を妨げる働きを持つことが知られており、重症呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)の原因となるコロナウイルスの感染を妨げることは、実験室レベルではこれまでにも報告されてきた。今回の論文ではカモスタットが、新型コロナウイルスやSARSウイルスがヒト細胞への感染を妨げることを報告している。

 カモスタットはたんぱく質分解酵素の働きを妨げる作用を持つ薬で、小野薬品工業が創出し、1985年に「フオイパン錠」の名称で発売した。既に物質特許は切れており、国内で多数の後発品メーカーが同じ成分の薬を販売している。

 今回の論文によると、現在、医薬品として使われているよりもかなり多くの量を投与しなければ、感染を防ぐ効果は得られなさそうだ。一方で、2016年に別の研究グループがマウスを使った動物実験によって、カモスタットがSARSウイルスの感染を妨げることを報告している。このときマウスには30mg/kgが1日2回投与された。マウス30mg/kgを対表面積でヒト等価用量に換算すると約150mgの1日2回投与で効果が得られる計算になる。カモスタットは慢性膵炎に対しては、1回200mgを1日3回投与されている。つまり、慢性膵炎に対して長年使われてきたのと同じ量で新型コロナウイルスに対する効果が得られる可能性があるのだ。

 もちろんカモスタットは肺炎などに対する適応では承認されていないので、実用化に向けては重症肺炎などの患者を対象にする臨床研究で、安全性や有効性を確認する必要がある。ただ、カモスタットは日本と韓国でしか承認されていないので、それ以外の国で開発するには当局から動物実験などのデータを求められる可能性がある。従って、日本で使われている薬を用いて日本で臨床研究を行い、その安全性や有効性を検証するというのが、最もスピーディーな実用化への道といえそうだ。

 この論文について小野薬品は、「論文で効果があったのは臨床で使っているよりもかなり多い量なので、うちでは積極的には検討していない。しかるべき機関から協力要請があれば前向きに対応するが、今のところは要請はない」(広報)としている。

 ただ、アカデミアの中には期待を示す声もある。大分大学医学部付属病院臨床薬理センターの上村尚人センター長は、「どのぐらいの量で効果が得られるのかは十分に検討する必要があるが、既存薬の転用で有効なら早期の実用化が期待できる」と話す。また、東京大医科学系研究科が同薬の臨床研究を検討しているもようだ。

 既に国内で承認、流通している医薬品で、新型コロナウイルスによる肺炎への効果が期待される薬としては、アッヴィの抗HIV薬である「カレトラ」(一般名ロピナビル・リトナビル)や、帝人ファーマが販売している気管支ぜんそく治療薬「オルベスコ」(同シクレソニド)などもある。シクレソニドは、神奈川県の県立病院が新型コロナウイルスによる肺炎患者3人に投与し、3人とも改善したと報告している。帝人ファーマは3月10日に、厚生労働省からの要請を受けて、同製剤を2万本確保し、臨床研究などに供給すると発表した。なお抗インフルエンザ薬の「アビガン」(ファビピラビル)も新型コロナウイルスに対する効果が期待されているが、アビガンの承認は備蓄用であり、臨床現場で広く使われた経験は無い。

 いずれにしても、既存薬からの転用で、新型コロナウイルスへの対抗手段がよりスピーディーに見つかることに期待したい。