新型コロナに挑む(5)

国内の検査技術の開発状況、研究用試薬を容認し体制拡充を図った厚労省

(2020.03.13 08:00)
2020年03月16日号
久保田文
感染拡大を防ぐためには検査体制の拡充が欠かせない。厚生労働省の当初の思惑は外れ、民間の力も活用する方針となったが…(画像:123RF)

 新型コロナウイルスの感染がじわじわと拡大する中、治療薬やワクチンへのニーズは高まっている。日経バイオテクでは、米国、中国、日本を中心に治療薬やワクチンの研究開発動向を調べた。国内で新型コロナウイルスを検出する検査技術の開発に乗り出した企業の動向も調査した(開発動向がめまぐるしく変化しているため、3月16日号特集をオンラインで先に掲載していきます)。

『日経バイオテク』3/16号特集「新型コロナに挑む」
(1)新型コロナウイルスについて今分かっていること (3/11公開)
(2)世界の治療薬の開発動向 (3/12公開)
既存薬の転用と新薬の開発が同時並行で進行中
(3)国内製薬企業の動向 (3/12公開)
治療薬やワクチンの開発に乗り出す国内企業はごく一部という現実
(4)世界のワクチンの開発動向(3/13公開)
開発競争が激化する中、不安材料も浮上中
(5)国内の検査技術の開発状況 (3/13公開)
研究用試薬を容認し検査体制の拡充を図った厚労省

 国内で、新型コロナウイルスに感染しているのかどうか見極めるための検査技術は、当初は感染研が確立した自家調整(home-brew)の遺伝子検査(PCR法)が使われてきたが、今後は、体外診断薬を含め、多様な検査技術が登場することになりそうだ。

 季節性インフルエンザウイルスをはじめ、毎年流行するような感染症などに対しては、迅速診断キットなど、病原体を検出できる体外診断薬が複数承認されており、診療所や病院ですぐに検査が行える。しかし、今回の新型コロナウイルスのように、新しい感染症には、病原体を検出する体外診断薬が存在しない。

 そこで、新しい感染症に対しては、開示された病原体のゲノム配列情報に基づいて、感染研が、必要な試薬や装置を組み合わせ、自家調整の遺伝子検査を確立。感染拡大に備え、感染研が主導して、全国に約83カ所ある傘下の地方衛生研究所や検疫所などでも同様の自家調整の遺伝子検査ができるようにして、全国で検査体制を整える。遺伝子検査(PCR法)とは、検体(鼻咽頭拭い液など)に微量に含まれる病原体特有のゲノム配列だけをPCR法と呼ばれる手法で増幅し、病原体の有無を調べる検査だ。

感染研を中心とした検査体制では間に合わず

 今回の新型コロナウイルスに関しては、中国当局が1月12日にウイルスのゲノム配列情報を開示。それを受けて国内では、感染研が1月下旬、自家調整の遺伝子検査の手法を確立した(感度や特異度は不明)。そして、感染研の主導で、全国の地方衛生研究所や検疫所で、同様の自家調整の遺伝子検査を実施できる体制を整え始めた。本誌の調べでは、その際、自家調整検査の試薬(プライマーやプローブ)の製造を担ったのは、ベンチャー企業の日本遺伝子研究所(仙台市)であることが分かっている。1月28日に政府が、新型コロナウイルスの感染症を、感染症法に基づく「指定感染症」と検疫法の「検疫感染症」に指定する政令を閣議決定したことを受け、新型コロナウイルスの遺伝子検査は、公費負担で行う行政検査となった。

 しかし、その直後から、数百人に上る武漢からの帰国者や数千人規模のクルーズ船の乗員乗客など、遺伝子検査の需要が一気に増加。「これまでの新興感染症は、国内の感染者数が限られていたり、発生後早期に全数把握の対象から外れたりしたため、感染研を中心とした検査体制でも対応できたが、今回は国内で感染者が増え続け、従来の対応が通用しなかった」(ある専門家)

 遺伝子検査の体制強化という難題に直面した厚生労働省は、2月上旬から、前例の無い取り組みを始めた。感染研が確立した自家調整検査を、受託検査会社でも請け負ってもらえないか打診を始めたのだ。さらに2月13日には、スイスRoche社の研究用試薬を用いた遺伝子検査(PCR法)でも、感染研の自家調整検査と同様の結果が得られると確認し、受託検査会社などが使用することを容認した。理由は、十分な試薬の供給量を確保するためだとみられるが、実際Roche社の研究用試薬の同等性を認めた後、複数の受託検査会社が遺伝子検査の受託に乗り出している。厚労省はさらに、文部科学省を通じて、一部の大学病院にも遺伝子検査の実施を打診し、感染研や地方衛生研究所だけでは賄いきれない分を、受託検査会社や大学病院で実施する体制をつくっていった。

 厚労省はこうして何とか、2月12日時点で約300件だった1日当たりの検査能力を、遺伝子検査の保険適用を決めた3月6日までに、約4200件に引き上げた。

 もっとも、国内では、遺伝子検査の実施施設の拡大に伴って、専門家からは新たな懸念も持ち上がっている。それは、あらゆる実施施設で遺伝子検査の質を一定以上に担保できるのかという懸念だ。前述した通り、現状、新型コロナウイルスに対しては、体外診断薬が承認されていない。実施されているのは、事前に必要な試薬を集めて調整したり、検査の質を確認したりといった作業が必要になる、自家調整の遺伝子検査であり、「正しい検査の結果が出るかどうかに施設間差が生じる可能性が高い」と専門家は指摘する。

 約4200件は、装置や試薬、人員などからはじき出した瞬間最大能力だとみられるが、専門家からは、「96ウエル全てを検体やコントロールで埋めて検査を実施すれば、当然コンタミネーションのリスクが高まる」「検体が多ければ、RNAを抽出する工程などでミスが生じる可能性が高まる」といった声が出ており、ただでさえ感染研の自家調整の遺伝子検査の感度や特異度も明らかになっていない中で、遺伝子検査の実施施設を増やすことを不安視する向きも多い。

遺伝子検査と迅速診断キットはすみ分けか

 現在国内では、新型コロナウイルスが本格的に国内で流行した場合や、より広範な患者の感染を対象に検査を行うようになった場合などに備え、複数の企業が検査技術の開発を進めており(表4)、感染研は、自家調整の遺伝子検査との同等性を確認した上で、順次、様々な企業の研究用試薬を使えるようにするものとみられる。現状では、PCR法向けの研究用試薬を開発しているところがほとんどだが、独自のゲノムの増幅法を用いた検査技術や、独自技術で前処理を省力化した検査技術も開発されている。今後、感染研の自家調整検査との同等性が確認されれば、遺伝子検査の実施施設はさらに増えることになるだろう。また、PCR法向けの体外診断薬も、そう遠くない時期に出てくることになりそうだ。

 並行して、デンカや富士レビオ、シスメックスなどは、「イムノクロマトグラフィー法と酵素免疫法を組み合わせた迅速診断キット」や「化学発光酵素免疫測定法を用いた検査技術」を開発している。これらはいずれも、ウイルス抗原に特異的に認識する抗体を使って、検体(鼻咽頭拭い液など)中のウイルスのゲノムではなくウイルス抗原を検出する抗原抗体検査だ。

 迅速診断キットは、特別な装置が必要無く、また、化学発光酵素免疫測定法を用いた検査技術は、専用の装置さえあれば自動で大量処理が可能になる。一般に抗原抗体検査は、遺伝子検査に比べると検出感度は劣るものの、手軽さや価格の安さに強みがある。業界関係者は「抗原抗体検査が使えるようになれば、受診時や入院時に感染の有無を迅速にスクリーニングするためには抗原抗体検査を、確定診断や陰性化の確認には遺伝子検査を使うなど、すみ分けが進むのではないか」と想定している。

 ただし、抗原抗体検査が実用化されたからといって、季節性インフルエンザのように、あらゆる医療機関で検査ができるようになるかは、微妙なところだ。検査対象をどこまで広げる必要が出てくるかにもよるが、検査の実施に当たっては、医療者にとって感染リスクが生じる検体の採取が避けて通れない。現状、動線などを分けずに感染者を診療した医療機関は外来を停止するなどの措置を求められており、最終的に、新型コロナウイルスの検査をどこまで広げられるかは、どこまでの医療機関で検体の採取を行えるようにするかどうかに依存するといえそうだ。

表4 国内の新型コロナウイルスを検出する検査技術の開発状況
開発・販売企業/導入元企業試薬の開発状況標的手法装置
日本遺伝子研究所(仙台市)試薬を販売中(研究用)ゲノムPCR法汎用的な装置
スイスRoche社/
ドイツTib-Molbiol社
試薬を販売中(研究用)ゲノムPCR法専用装置
タカラバイオ試薬を販売中(研究用)ゲノムPCR法汎用的な装置
MBL/G&Gサイエンス試薬を開発中ゲノムPCR法汎用的な装置
島津製作所試薬を開発中ゲノムPCR法汎用的な装置
AVSS(長崎市)試薬を開発中ゲノムPCR法汎用的な装置
杏林製薬試薬を開発中ゲノムPCR法専用装置
ベックマン・コールター/
米Cepheid社
試薬を開発中
(日本での発売は未定)
ゲノムPCR法専用装置
日水製薬/
英RANDOX Laboratories社
試薬と装置を発売予定
(3月上旬、研究用)
ゲノム
(複数ウイルス)
PCR法専用装置
キアゲン/
ドイツQIAGEN社
試薬と装置を販売中
(日本での発売は未定)
ゲノム
(複数ウイルス)
PCR法専用装置
栄研化学試薬を開発中ゲノムLAMP法専用装置
キヤノンメディカルシステムズ試薬を開発中ゲノムLAMP法専用装置
東ソー試薬を開発中ゲノムTRC法専用装置
ビズジーン(大阪府茨木市)迅速診断キットを開発中ゲノム核酸クロマト法必要無し
デンカ迅速診断キットを開発中抗原イムノクロマトグラフィ-法/
酵素免疫法
必要無し
富士レビオ迅速診断キットを開発中抗原イムノクロマトグラフィ-法/
酵素免疫法
必要無し
富士レビオ試薬を開発中抗原化学発光酵素免疫法専用装置
シスメックス試薬を開発中抗原化学発光酵素免疫法専用装置
取材を基に編集部で作成。試薬によって利用できる装置が限定されるものとそうでないものがある。企業の中には、研究用試薬ではなく体外診断薬を開発する動きも出ている
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