世界が待望するワクチンだが、開発するのは年単位の時間がかかる。また、新型コロナウイルスについては「抗体依存性感染増強」という別の懸念も浮上してきた

 新型コロナウイルスの感染がじわじわと拡大する中、治療薬やワクチンへのニーズは高まっている。日経バイオテクでは、米国、中国、日本を中心に治療薬やワクチンの研究開発動向を調べた。国内で新型コロナウイルスを検出する検査技術の開発に乗り出した企業の動向も調査した(開発動向がめまぐるしく変化しているため、3月16日号特集をオンラインで先に掲載していきます)。

『日経バイオテク』3/16号特集「新型コロナに挑む」
(1)新型コロナウイルスについて今分かっていること (3/11公開)
(2)世界の治療薬の開発動向 (3/12公開)
既存薬の転用と新薬の開発が同時並行で進行中
(3)国内製薬企業の動向 (3/12公開)
治療薬やワクチンの開発に乗り出す国内企業はごく一部という現実
(4)世界のワクチンの開発動向(3/13公開)
開発競争が激化する中、不安材料も浮上中
(5)国内の検査技術の開発状況 (3/13公開)
研究用試薬を容認し検査体制の拡充を図った厚労省

 感染拡大が止まらない状況では、感染を予防したり、重症化を防いだりするワクチンの研究開発にも期待が集まっている。米国、中国などを中心に、世界では新型コロナウイルスに対するワクチンの開発競争が進行中(表3)。特徴的なのは、蛋白質・ペプチドをベースにしたもの、ウイルスやプラスミドといったベクター(運び屋)を使ったもの、核酸(mRNA)をベースにしたものなど、多様なモダリティ(治療手段)のワクチンが開発されていることだ。2020年3月9日現在、開発中のワクチンはいずれも前臨床の段階にあるが、開発が先行しているワクチンについては、2020年3月中にも臨床試験がスタートする見通しだ。

Moderna社のワクチンは臨床試験入り目前

 ワクチンとは、感染症の予防や重症化防止を目的に、不活化させたり、弱毒化させた「病原体そのもの」や「病原体の一部」を抗原として投与し、投与した病原体への免疫を誘導し、記憶させておく薬剤のこと。

 新型コロナウイルスに対しては、一部の大学・研究機関や企業が、増殖後に不活化させたり、弱毒化させた「ウイルスそのもの」をワクチンとして開発している。ただ、「一般的にコロナウイルスは増えにくいことで知られている。そのため、製造の安定性や、さらには副反応のリスクまで考慮するとウイルスそのものをワクチンにするのは、ハードルが高い」(業界関係者)。

 実際、ワクチン開発に乗り出している大部分の大学・研究機関、企業は、「ウイルスの一部」を抗原とし、免疫を誘導するワクチンを開発しようとしている。具体的には、ウイルス表面に発現し、ヒトへの感染の際に足掛かりとなるスパイク(S)蛋白質を中心に、ウイルスのの一部を抗原として免疫を誘導するワクチンを開発中。

 その際、病原体の一部に対して免疫を誘導するには、幾つかのアプローチが考えられる。

 1つ目は、遺伝子組換え技術を用いて、植物や昆虫細胞、動物細胞に抗原とする蛋白質やその一部のペプチドを作らせ、単離・精製して投与する「蛋白質・ペプチドベースのワクチン」だ。新型コロナウイルスに対しては、フランスSanofi社が、2017年に買収した米Protein Sciences社の技術を活用し、昆虫細胞で製造した組換え蛋白質ワクチンを開発しようとしている他、Janssen Pharmaceuticals社も組換え蛋白質ワクチンの開発を実施中。詳細は不明だが、国内でも国立感染症研究所(感染研)が、日本医療研究開発機構(AMED)から研究費を得て、組換え蛋白質ワクチンの開発を進めている。

 2つ目は、細菌などに存在する環状DNAのプラスミドやヒトに害を及ぼさないウイルスに、抗原とする蛋白質をコードする遺伝子を搭載して投与し、体内でその蛋白質を発現させる、「ウイルスやプラスミドをベースにしたワクチン」だ。ここにも複数の大学・研究機関や企業が開発に参入しているが、麻疹ウイルスやアデノウイルスなど、ベクターのウイルスは様々だ。

 3つ目は、抗原とする蛋白質を産生させるためのmRNA(核酸の配列)を投与する「mRNAをベースにしたワクチン」だ。同ワクチンを接種すると、細胞内でmRNAから抗原とする蛋白質が発現し、免疫を誘導する。mRNAをベースにしたワクチンの開発には、既に複数の大学・研究機関や企業が乗り出しているが、今のところ、世界最速で臨床試験がスタートしそうなのが、この手のワクチンだ。

 米Moderna社は、2020年2月24日、同社が開発中のmRNAをベースにしたワクチン(開発番号:mRNA-1273)の治験薬の最初のロットを、協力先の米国立衛生研究所(NIH)傘下の米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)に出荷したと明らかにした。mRNA-1273は、スパイク蛋白質の遺伝子をコードしたmRNAで、体内でスパイク蛋白質が発現し、免疫が誘導されると期待されており、2020年3月中に米国でNIAIDが主導する第1相の臨床試験が始まる見通しだ。

 中国の研究チームが1月中旬、新型コロナウイルスのゲノム情報を解読・公表してから、ワクチンを設計し、Moderna社が治験薬を製造するまでかかった期間はわずか40日程度。1つ目の蛋白質・ペプチドベースのワクチンや、2つ目のウイルスやプラスミドをベースにしたワクチンは、製造用の組換え植物や組換え細胞・細菌を樹立したり、組換えウイルスやプラスミドを調整するのに時間がかかる上、精製工程を含めた製造工程の確立にも一定の時間を要する。

 それに対して、mRNAをベースにしたワクチンは、公表されたゲノム情報をベースに設計でき、化学合成することが可能。Moderna社が自社の製造施設を持っており、過去に複数の開発品の治験薬を製造した経験があったことも、短期間での開発・製造に寄与した。mRNAをベースにしたワクチンには、他にも、米Pfizer社が、バイオ企業の米BioNTech社と開発を始めると一部で報じられている他、国内では東京大学医科学研究所が大手製薬企業と開発している。

ワクチン開発には抗体依存性感染増強の懸念も

 ただ、新型コロナウイルスのワクチンの開発がとんとん拍子で進み、大規模臨床試験で安全性、有用性が確認されて、すぐに世界で誰もが使えるようになるかどうかは分からない。というのも、ワクチンは宿主の免疫を誘導するものなので、一般的に、動物実験の結果からヒトでの臨床試験の結果を類推しにくく、また、スパイク蛋白質のように、病原体の1つの蛋白質を抗原としたワクチンでは、その蛋白質に変異が生じると効きにくくなるリスクがある、といった難しさがあるためだ。さらに、複数の業界関係者は、新型コロナウイルスのワクチン接種後に、「実際のウイルスに自然感染すると、通常よりもウイルスを取り込みやすくなる『抗体依存性感染増強(Antibody Dependent Enhancement:ADE)』という現象が起きるリスクがある」と指摘している。

 メカニズムが完全に解明されているわけではないものの、ADEは、ワクチン接種などで中途半端な免疫応答が誘導された場合に起きると考えられている現象だ。ワクチン接種後にウイルスに自然感染した際に、ワクチン接種で誘導された抗ウイルス抗体の一部が悪さをして、ウイルスを積極的に宿主の細胞に取り込むようになり、感染を促進させてしまうと推定されている。

 ADEは、2016年にフィリピンで、フランスSanofi社が開発していたデング熱ワクチンの「Dengvaxia」(Dengue vaccine tetravalent:弱毒黄熱ウイルスを骨格とし、デング熱ウイルスの全4種類の血清型の前駆膜/エンベロープを発現させた、4種のキメラウイルスから成る遺伝子組換え4価弱毒生ワクチン)を接種後に、数十人の小児が死亡した原因の1つとして指摘され、一気に業界で知られるようになった。さらに、過去にSARSなどに対するワクチンの一部の開発品の動物実験において、ワクチン接種後のウイルスへの曝露によってADEが起きる可能性が示唆されており、WHOも、新型コロナウイルスに関する研究開発のロードマップを示した資料で、「大規模な臨床試験を実施する前に、ヒトで感染増強が起きる可能性を評価することが極めて重要だ」と指摘している。

 もっとも、どういうワクチンであればADEが起き、どういうワクチンであれば起きないのかは、今のところ分かっていない。また、現時点では、ADEが起きるかどうかを予測できるモデル動物があるわけでもない。「今後、新型コロナウイルスのワクチンの非臨床試験や臨床試験でADEが起きると、ワクチンの安全性に大きな懸念が生じることになるだろう」と業界関係者は指摘。新型コロナウイルスのワクチン開発にとって、ADEが不安材料として浮上している。

表3 世界のワクチンの開発状況(その1)
開発企業種類(補足)
中国Clover Biopharmaceuticals社
英GlaxoSmithKline(GSK)社
組換え蛋白質ワクチン (英GSK社のアジュバント)
フランスSanofi社組換え蛋白質ワクチン
米Baylor College of Medicine
米University of Texas
米New York Blood Center
中国Fudan University
組換え蛋白質ワクチン
米iBio社、中国Beijing CC-Pharming社組換え蛋白質ワクチン(植物で製造)
米Janssen Pharmaceuticals社組換え蛋白質ワクチン
米Novavax社組換え蛋白質ワクチン(ナノ粒子)
米Vaxart社組換え蛋白質ワクチン(経口投与)
国立感染症研究所組換え蛋白質ワクチン
デンマークExpreS2ion Biotechnologies社ウイルス様粒子(VLP)ワクチン
イスラエルVaxil Bio社ペプチドワクチン
豪Queensland大学、英GSK社ペプチドワクチン
米VaxHit bioinformatics社ペプチドワクチン
米Generex Biotechnology社ペプチドワクチン
ワクチンの概要などが開示されている大学・研究機関、企業の公表情報を基に編集部で作成した
表3 世界のワクチンの開発状況(その2)
開発企業種類(補足)
イスラエルMIGAL Galilee-Research Instituteウイルスベクター(トリ伝染性気管支炎ウイルス)
インドZydus Cadila社ウイルスベクター(麻疹ウイルス)
英University of Oxfordウイルスベクター(アデノウイルス)
中国CanSino Biologics社ウイルスベクター
フランスInstitute Pasteurウイルスベクター(麻疹ウイルス)
米Altimmune社ウイルスベクター(アデノウイルス、経鼻投与)
米GeoVax Labs社、中国BravoVax社ウイルスベクター(ワクシニアウイルス/VLPワクチン)
米Greffex社ウイルスベクター(アデノウイルス)
米Janssen Pharmaceuticals社ウイルスベクター(アデノウイルス)細胞培養ワクチン
米Tonix Pharmaceuticals社ウイルスベクター(馬痘ウイルス)
インドZydus Cadila社プラスミドベクター(DNAワクチン)
米Applied DNA Sciences社
イタリアTakis Biotech社
イタリアEvvivax社
プラスミドベクター(DNAワクチン)
米Inovio Pharmaceuticals社プラスミドベクター(DNAワクチン)
アンジェスプラスミドベクター(DNAワクチン)
英Imperial College LondonmRNAワクチン
中国Stemirna Therapeutics社
中国Tongji University
中国Center for Disease Control-and Prevention
mRNAワクチン(リン脂質粒子)
ドイツCureVac社mRNAワクチン
米Pfizer社、米BioNTech社mRNAワクチン
米Moderna社、米NIAIDmRNAワクチン
東京大学医科学研究所mRNAワクチン
米Codagenix社インドSerum Institute of India弱毒生ワクチン
ワクチンの概要などが開示されている大学・研究機関、企業の公表情報を基に編集部で作成した
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