新型コロナウイルス、「克服」までの道は既に見えている

(2020.03.10 08:00)
三井勇唯

 新型コロナウイルスによる感染が世界全体で拡大している。世界保健機関(WHO)によると、3月9日6時現在(CET)の感染者数は10万9343人で、死者数も3800人を突破した。そのうちウイルスの発生源である中国の割合が圧倒的に多いものの(感染者8万904人)、直近の1週間では中東(イランなど)や欧州(イタリア、ドイツ、フランスなど)で患者が急増している。米国でも感染者数が500人を超えており、ニューヨーク州などが非常事態宣言を出した。

Novel Coronavirus (COVID-19) Situation/WHOより(2020年3月9日6時=Central European Time)
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 日本でも感染の拡大は止まっていない。クルーズ船や中国からのチャーター機を除く感染者は3月9日12時時点で487人(うち49例の無症状病原体保有者)と、前日より数十人増えた。目には見えないウイルスに対する不安感を背景に、マスクやトイレットペーパーなど生活用品を必要以上に買い占める騒動も起きている。感染経路を追跡するのが困難な事案が国内でも増えており、現時点では終息が見通せない状況にあるのは紛れもない事実だ。

 だが、本誌(日経バイオテク)はバイオテクノロジーの専門誌として、人類が新型コロナウイルスを克服するまでの道筋は、既にはっきり見えていると考えている。本稿では、その根拠を順に説明したい。

新型コロナウイルスは全く未知のウイルスではない

 新型コロナウイルスはその名の通り、コロナウイルスの1種である。これまで人に感染するコロナウイルスは7種類見つかっている。そのうちの4種は一般的な風邪の原因の10%から15%(流行期は35%)を占めており、ほとんどの場合は軽症に終わる。残りの2種類は、2002年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)と2012年以降発生しているMERS(中東呼吸器症候群)だ。そして7番目に発見されたのが、今回の「新型」コロナウイルスだ。学術的には2019年に発見されたことから「2019-nCoV」や、SARSとの類似性から「SARS-CoV-2」と呼ばれている。

 つまり今回のウイルスは「新型」ではあるが、人類がこれまで遭遇したことがないような全く「未知」のウイルスではない。この点は非常に重要だ。既知のウイルスではあれば、対処の仕方もある。人類はこれまでにウイルスによる感染症を数多く克服してきた。研究を重ねる中で、ウイルスの仕組みを把握し、それに応じた治療薬を開発してきた歴史がある。

 ウイルスは単独では増殖できない。そのため感染した細胞(宿主)の中に入り込み、自らの設計図とも言うべき核酸(DNAもしくはRNA)を複製する必要がある。新型コロナウイルスと同じRNAウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)を例に、そのプロセスを詳しくみてみよう。HIVは(1)宿主細胞表面のレセプターを介して細胞に侵入し、(2)宿主細胞内でHIVの持つ逆転写酵素によってゲノムである1本鎖RNAから2本鎖DNAを合成する(逆転写)。(3)生じた2本鎖DNAは宿主細胞の核内でHIVの持つインテグラーゼによって宿主のDNAに組み込まれる。その後、転写・翻訳を経て、ウイルスゲノム由来の蛋白質が形成されるとHIVのゲノムRNAと集合して宿主細胞から放出される(出芽)。(4)最後に、HIVのプロテアーゼにより蛋白質が切断されて、機能する蛋白質となることで成熟したHIVとなる。

 この一連の増殖機構のうち、主に(1)から(4)のプロセスを作用点とした医薬品が既に治療に用いられている。作用点の異なる複数の医薬品を併用する多剤併用療法(highly active anti-retroviral therapy: HAART)の普及によって、HIV感染者の予後は大幅に改善したと言われている。複数の薬剤を組み合わせることから「カクテル療法」の俗称で呼ばれることもある。

既存の薬剤の転用なら迅速に対応できる

 HIVのプロテアーゼを阻害し(4)のプロセスに作用する抗HIV薬としては、米Abbvie社が開発した「カレトラ」(ロピナビル・リトナビル)がある。大型哺乳類を用いた研究などから、ロピナビルとリトナビルの併用療法がコロナウイルス感染症の1種であるMERSに有効であることが示唆されている。こうした知見から、今回の新型コロナウイルス感染症の患者に対して、ロピナビルとリトナビルの併用療法が本当に効くかどうかを確かめるため、中国で複数の臨床試験が進められている。

 既に認可されている薬剤を別の疾患に転用することを「ドラッグリポジショニング」と呼ぶ。これも今回のウイルスが既知のコロナウイルスであるからこそ、その感染プロセスを阻止するための戦略がすぐに立てられる。既知の薬剤であれば、既にヒトに投与した実績があるため、安全性や体内動態が確認されている。つまり全く未知のウイルスに対する治療薬をゼロから開発するのと比べて、治療薬を準備するまでの期間を大幅に短縮できるのだ。

 インフルエンザのウイルスとの類似性から、新型コロナウイルス感染症への治療効果が期待されているのが富士フイルム富山化学の「アビガン」(ファビピラビル)だ。

 インフルエンザウイルスは、宿主の細胞内に侵入後、(1)ウイルスの増殖に必要なゲノムRNAの複製や、蛋白質の合成に必要なmRNAの合成を行う。mRNAが翻訳され蛋白質が合成されるなどしてウイルス粒子が作られ、(2)宿主細胞から遊離することで、他の宿主細胞に伝搬して増殖を繰り返す。アビガンは(1)のプロセスに関わるRNAポリメラーゼを阻害してウイルスの増殖を抑え込めると考えられている。

 米Gilead Sciences社が開発した「レムデシビル」もドラッグリポジショニングに近い事例といえる。もともとエボラ出血熱の治療薬として開発が進められている抗ウイルス薬であるが、RNAポリメラーゼを阻害することが報告されている。コロナウイルスの増殖にもRNAポリメラーゼが関わっているとされ、未承認ではあるが、アビガンと共に新型コロナウイルス感染症に対する有力な治療薬候補となっている。

 こうした状況の中、既存の抗ウイルス薬を転用できないかを検証するために、世界各国で臨床試験が実施されている。中国で実施されているレムデシビルの医師主導治験では、早ければ4月にも結果が分かる段階まできている。開発元のGilead Sciences社も、中国の医師主導治験などを補完する目的で企業治験(第3相臨床試験)を3月から開始している。

 Gilead Sciences社の広報担当者は、「レムデシビルの安全性については、エボラ出血熱を対象にした第2相試験で検証を進めている段階だ。(新型コロナウイルス感染症に対して)いきなり第3相試験を開始するのは異例で、経験がない。良好な結果が得られたとしてもその後どのように実用化するかは(承認取得の計画なども含めて)現段階では判断できない」と説明する。

 ただし日本では医師は、未承認の薬物であっても患者に投与することができる。種々の条件(適切な目的、有効性や安全性、科学的な妥当性、患者の同意など)が満たされた医療行為として認められれば、患者に対して投与できるのだ。臨床試験の結果次第では、我々人類は新型コロナウイルスに対する治療手段を早期に獲得できることになる。

 神奈川県が新型コロナウイルスの感染者の治療に当たっている神奈川県内の医療機関で、アビガンの使用を政府に要望したのも同じ考え方からだ。

 また、新型コロナウイルスに対するワクチンの開発も着実に進んでいる。新型コロナウイルスが話題となり始めたのは2019年12月からだ。その後、中国の研究チームは、2020年1月中旬には新型コロナウイルスのゲノム情報を解読・公表している。こうした情報を基に、米Moderna社は新型コロナウイルスに対するワクチンの臨床試験を始めたと2月24日に公表した。ゲノムの解読からわずか40日余りでワクチンの検証段階までこぎ着けた。

新型コロナウイルスに感染しても多くは重症化していない

 中国の研究チームが約7万人のCOVID-19患者を対象に実施した調査結果(2月17日に公開)によれば、患者の約80%が軽症で、致死率は2.3%程度だという。3月8日時点でWHOが公表した全世界の患者数(10万6893人)と死亡者数(3639人)から単純計算しても約3.4%だ。また、厚生労働省が公表している新型コロナウイルスに関する専門家の見解(3月2日時点)でも、感染が確認され症状がある患者のうち、約80%は軽症、14%が重症、6%が重篤であることがこれまでのデータから分かっているとしている。

 3%程度の致死率を過去の感染症を比べてみる。SARSの場合、感染者数は8000人以上、死者は700人を超えたので致死率は約10%となる。MERSは、報告された患者数から推計すると致死率は約35%だ。こうしたデータから、日本感染症学会と日本環境感染学会は2月13日、新型コロナウイルスの致死率は「SARSやMERSよりもずっと低く、今後さらに下がっていくだろう」とする見解を発表している。

 専門家の間では、実際の致死率はもっとずっと低いという意見も出ている。新型コロナウイルスは感染したとしてもほとんど症状が無く、軽症で済むケースが多いからだ。感染に気付かなければそもそも医療機関に行くこともなく、自然治癒していく人も一定数以上いる。つまり報告されている患者の数よりも実際の「感染者」の数はずっと多く、致死率の数字はさらに低くなるはずだ。

 もっとも、致死率だけが、その疾患の危険度を示す指標ではない。軽症例が多いほど、感染者が自身の感染に気付かずに、ウイルスを拡散してしまうリスクが高く、感染拡大を助長する要因となり得るのも確かだ。感染を拡大させないために手洗いを敢行するなど、一人ひとりがすべきことは少なくない。

WHOが「終息宣言」を出すのはいつか

 人類は、これまでの科学技術の発展や、過去の新興感染症の経験などから、病原体の解析やワクチン開発、臨床試験のノウハウなどを蓄積してきた。こうした科学的な実績を踏まえれば、新型コロナウイルスを克服するための道筋は見えていると本誌は考えている。

 もちろん新興感染症に対する課題は山積している。ただ、そこで得た教訓は、次の新興感染症に立ち向かうための武器ともなり得る。今は誤った情報や、偏った報道に流され、過剰に恐れるべきではないのではないか。そのような問題意識から本稿を執筆した。

 国立感染症研究所(感染研)などの資料によると、SARSの感染者が確認されたのは、2002年11月だった。その後2003年4月にはSARSコロナウイルス(SARS-CoV)の全ゲノムが解読されたとみられる。その後もSARS-CoVの研究が進められたが、WHOを中心に各国が協力し隔離や検疫が徹底された結果、治療法が確立しないまま、2003年7月には終息宣言が出された。

 WHOはこれまで、最長潜伏期間の2倍の日数が経っても新規の感染者が発生しない場合、「終息宣言」を出してきた。新型コロナウイルスの場合、現時点では潜伏期間は14日程度とされている。上記の例を当てはめると、世界で1カ月間新しい感染者が出なければ終息宣言となる。その日がいつになるのか現時点では分からない。だが、既に述べたように全く希望も対処法も無いわけではない。大事なのは、科学的な根拠に基づいて冷静に行動することではないか。悲観からは何も生まれないはずだ。

日経BPの特設「新型コロナ最新情報」 → https://business.nikkei.com/covid19/?n_cid=nbpnbt_cpco_leaf

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