経済産業省が生涯現役社会の実現に向けて本腰を入れる。10月14日から16日に都内で開催した「日経クロスへルス EXPO 2020」(主催:日経BP)で経済産業省の稲邑拓馬氏(商務・サービスグループヘルスケア産業課長)は、「これからの健康・医療戦略」と題するテーマで講演した。稲邑氏は「まだ概算要求段階ではあるが、経産省の予算の柱に『医療』の2文字が入るのは初めてではないか」と語り、経産省としても国民の健康づくりに積極的に関与していく方針を説明した。

経済産業省の稲邑拓馬氏(商務・サービスグループヘルスケア産業課長)

 医療や健康に関する施策は長らく厚生労働省が所管してきたところだが、今後は経産省も主体的に関わっていく。人生100年時代を見据え、高齢になっても元気に働く人の割合を増やしていかなければ社会保障制度が維持できなくなる。健康でいる期間を少しでも長くすることは国是であり、もはや経産省の「領空侵犯」などと言っていられないほど日本の高齢化は進んでいる。

 ただ、視点を変えれば新たなヘルスケア産業を創出する機会ともなる。長寿を寿(ことほ)ぐ社会を世界に先駆けて実現するには、企業や関係省庁が一丸となって協力する必要がある。

75歳以上を支えられる側にすると「景色」が変わる

 全人口に占める65歳以上の人口比率(高齢化率)は日本が世界で最も高く26.0%(2015年時点)、2060年にはその割合は38.1%にまで高まると試算されている。18歳から64歳の現役世代が65歳以上を支える現行の社会保障制度では、2017年時点で2.1人の現役世代で1人の65歳以上を支えている。現状でも厳しいが、2040年には1.5人の現役世代で1人の65歳以上を支えなければならない。だが、年金支給年齢の引き上げなどで「支えられる側」を75歳以上とすれば、負担割合は抜本的に改善される。2040年時点でも、3.3人の現役世代(18歳から74歳)で1人の75歳以上を支える構造となる。

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経産省の稲邑氏の資料より

 もちろん上記は推計値に過ぎない。稲邑氏も「私自身もそこまで働くことを前提に働き始めたわけではない」と語り、社会保障制度の変更には国民の意識が変わることが前提との考えを示した。そのためにも健康寿命を延ばしていくことが重要であり、未病段階から健康づくりに関与していく。その役割を担うのは、公的医療制度外のヘルスケアサービスだ。

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経産省の稲邑氏の資料より

 その具体例として稲邑氏があげたのが、健康管理アプリやDTC(Direct-to-Consumer)の遺伝子検査、そしてウエラブルデバイスを活用したモニタリングサービスなどだ。ただ、これまでは規制などの関係で、期待されているほど市場は拡大していない。そこで経産省では(1)企業に健康投資を促す(健康経営)、(2)予防・健康増進のエビデンスづくり(大規模実証実験)、(3)環境整備(PHR利活用ルール、規制改革)の観点からヘルスケア市場を伸ばしていく。

 いずれも重要だが、経産省に最も期待されるのは(3)の環境整備だろう。健康診断や薬剤情報など、個人の健康情報にかかわるPHR(Personal Health Record)は既に大量にあるが、分断されているために十分に活用されていない。スマートフォンをはじめとするウエラブルデバイスを活用すれば、食事や運動履歴などライフログデータも記録として残せる。マイナポータルを通じて、個人のライフログデータとPHRなどを統合的に活用できれば、付加価値の高い健康支援サービスが提供できると期待されている。

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経産省の稲邑氏の資料より

 ただ、こうした指摘は数年前から繰り返されてきたが、いまだに現実とはなっていない。民間企業にも課題はあるが、環境を整備する政府側も行動力が問われる時が来ている。