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 まずは、恒例の保健機能食品のアップデイト情報です。

 この1週間では、機能性表示食品のアップデイトが4月20日(金)に2件(届出番号はC418とC419)、4月25日(水)に2件(C420とC421)ありました。これにより、有効な機能性表示食品の届け出は1295件程度になったかと思います。

 今回は、機能性関与成分の新規は無いかと思います。

 このメールでは、日経バイオテク2018年4月23日号にて、特集記事をとりまとめた「腸管上皮オルガノイド」の話題をお届けします。

 2018年4月に日本健康・栄養食品協会が発表した特定保健用食品(トクホ)の2017年度市場6586億円(2016年度比101.9%)のうち、保健の用途別で「整腸」が3497億円と、過半を占めています。プロバイオティクスやプレバイオイティクスと呼ばれる機能性成分を、関与成分とするトクホです。摂取して作用する場所は、腸です。

(2018.04.25)
日健栄協、消費者庁委託「軽症者」の委員長に猿田享男・慶應大名誉教授
アレルギー、尿酸値、認知機能について調査・検討
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/18/04/25/04183/

 この腸の研究が、腸管上皮オルガノイドを培養する技術の進歩により、急速に発展しています。

 大腸癌は増え続けていますが、小腸は癌になりにくいことが知られています。大腸癌の原因となるゲノムの塩基変異は数多く報告されていますが、小腸でも、蓄積されている塩基変異は大腸とそれほど変わらないことが、幹細胞のゲノム解析結果を比較したNature誌2016年10月13日号の論文などで報告されています。

 このNature論文の共著者の1人でもある佐藤俊朗さん(現在、准教授)が所属する慶應義塾大学医学部が、この腸管上皮オルガノイド研究を牽引していることや、東京農業大学や北海道大学にて、プロバイオティクスやプレバイオティクスに関連する研究が進んでいることを、特集記事で紹介しました。

 慶應義塾大学医学部内科学教室(消化器)の金井隆典教授が代表者を務める日本医療研究開発機構(AMED)CRESTの事業「革新的先端研究開発支援事業(微生物叢と宿主の相互作用・共生の理解と、それに基づく疾患発症のメカニズム解明)」の課題「腸内細菌-上皮細胞相互作用から読み解く疾患発症メカニズムの解明」(2016年度から2021年度)などで、このオルガノイド技術が威力を発揮しています。

 オルガノイドというと、心臓や肝臓、腎臓などの臓器丸ごとを当方は連想するのですが、腸管上皮オルガノイドの場合は、構造がシンプルです。

 3、4日ごとに再生を繰り返す組織である腸管上皮の幹細胞を培養することにより、腸管上皮の3次元組織である腸管上皮オルガノイドを作製する技術が確立され、腸管に関連する健康維持に寄与するソリューションの研究に革命を起こしているのです。

 腸管上皮細胞は全て、陰窩(いんか)の底部にある腸管幹細胞より生み出され、腸管上皮組織の恒常性を維持しています。この腸管幹細胞の自己複製や分化の能力を制御するニッチシグナルの機構解明が進み、細胞外基質「Matrigel」(米Corning社の商標)を用いて腸管上皮細胞を長期間3次元で培養する方法が急速に発展してきました。

 佐藤さんらは、全ての腸管上皮細胞への分化能を有し、永続的な自己複製能を持つ腸管上皮幹細胞はLgr5陽性細胞であり、Lgr5幹細胞はWntシグナル、Notchシグナル、BMPシグナルにより制御されていることを見いだしました。

 これら幹細胞維持因子を同定することにより、体外で腸管上皮幹細胞を維持する培養技術を、オランダHubrecht Institute/University Medical Center Utrecht在籍時に発明し、まずはマウスの成果を09年5月に論文の筆頭著者としてNature誌にて発表しました(責任著者はHubrecht研のHans Clevers教授)。

 佐藤さんは次いで、ヒト腸管上皮オルガノイドの成果を同じNature誌にて2011年1月、今度は筆頭著者かつ責任著者として論文発表しました。そしてその3カ月後の2011年4月に、出身の慶應義塾大学医学部に赴任しました(当初は特任助教でした)。

 その後、腸管上皮オルガノイドでは小腸に加えて大腸、さらに他の臓器のオルガノイド培養技術の確立でも相次ぎ成果を上げています。ゲノム編集ツールも駆使しており、CRISPR/Cas9により大腸癌関連遺伝子の変異を体外で大腸幹細胞に導入した成果を2015年2月にNature Medicine誌にて発表しました。

 2017年12月にCell Stem Cell誌にて発表したヒト正常大腸上皮をマウスの腸内で再現した成果や、2018年1月にCell Stem Cell誌にて発表したヒト由来膵癌細胞の段階的悪性化の仕組みを解明した成果に関するいずれの論文もCRISPR/Cas9を用いています。

 佐藤さんのオルガノイド関連の論文発表数は、Nature誌、Nature Medicine誌、Nature Cell Biology誌、Cell Stem Cell誌などのトップジャーナルだけで20報を優に超えています。Nature誌およびその姉妹誌のインパクトファクター(IF)が高いことは当方も知っていましたが、Cell Stem Cell誌もIFが23を超えています。幹細胞の研究は、ホットな領域と改めて認識した次第です。

 そして、慶應大では2016年1月、Hubrecht研のClevers教授の下で5年間研究を行った佐々木伸雄氏が金井教授の研究室に特任助教として赴任しました。佐藤准教授と佐々木特任助教は、オランダHubrecht研では3カ月間、同じ研究室にて研究を行っていました。

 慶應大では着々と、腸管上皮オルガノイドの拠点形成を進めているのです。

 腸内微生物のゲノム情報やその代謝産物、宿主である人間のゲノム情報など、ビッグデータの解析により、腸内環境と疾病との関係が注目を集めています。

 しかし、従来は、腸の細胞を取り出して、経口摂取したものや腸内微生物などがどのように影響するかを調べることが困難でした。

 ヒト大腸癌から得られたCaco2細胞という培養細胞が、腸の細胞の代表として研究に使用されてきました。薬物や食品成分などの腸管における吸収性などの評価に用いられてきました。しかし、Caco2細胞は、癌細胞由来なので、本来の正常な分化した組織にはなりにくく、発揮する機能も、腸が本来持っている機能の一部に過ぎませんでした。

 腸管上皮オルガノイドが、これまでの限界を打破しているように感じております。腸内フローラの善玉や悪玉などの議論がいろいろとありますが、実際の腸管内の状況はブラックボックスでした。腸管上皮オルガノイド技術は、このブラックボックスに光明をもたらしたといって良いかと思います。

 佐藤さんや佐々木さんが在籍したオランダHubrecht研のH.Clevers教授のグループは、NPO法人のHUB Foundation for Organoid Technologyを通じて、腸管上皮オルガノイドなどの供給を行っています。

 オランダなどでは、米Vertex Pharmaceuticals社の嚢胞性線維症(CF)の治療薬について、患者の腸管オルガノイドを用いて効き目が期待できることを確認した上で、投与する試みが始まりました。

 Vertex社のCF治療薬Orkambiはおよそ半数の患者の治療に役立つものの、欧州における薬剤の費用は年1500万円ほどです。またOrkambiを含む複合剤であるKalydecoは効果は高いものの効果があるのは25人のうち1人程度で、欧州における薬剤費は年3000万円と、さらに高価です(OrkambiとKalydecoは日本では未承認です)。

 CFは、全身の管腔臓器の主要な陰イオンチャネルであるCFTR蛋白質の遺伝子変異が原因と分かっています。しかし、CFTRの遺伝子変異は2000種もあるため、遺伝子変異を基にした治療薬の選択は難しいのが実情です。患者個々人の腸管オルガノイドを作製して薬剤の作用を確認した薬剤を投与すれば、高額な薬剤費を無駄にする可能性を低めることを期待できます。

 このように個別化医療の薬剤選択では、オランダなどのグループが先行しているようですが、腸管オルガノイドの品質では、慶應大のグループが世界の最先端を進んでいるようです。

 「慶應大の腸管上皮オルガノイドの品質が世界で最も高い」と、ノロウイルスを研究する北里大学北里生命科学研究所の片山和彦教授からうかがいました。ノロウイルスがヒト腸管上皮オルガノイドに感染することを利用した成果は、米Baylor College of Medicineなどが2016年8月にScience誌にて発表しました。片山教授の研究室の出身者がこの論文の共著者です。

 佐藤さんは最初のマウス小腸の論文を発表するまでに7年間を費やし、この間の試行錯誤で多くのデータを蓄積しました。この蓄積が、ヒトの小腸や大腸、さらには他の臓器のオルガノイド作製に役立っているのです。

 プロバイオティクスと呼ばれる腸内環境を改善する乳酸菌やビフィズス菌、納豆菌などは、特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品、さらには一部は医薬品としても利用されています。

 これらの菌が、いわゆる善玉として機能することの検証に、腸管上皮オルガノイド技術は不可欠といえそうです。

 また、2018年1月には、食物中のトレハロースが流行性のClostridium difficile強毒株の毒性を増強しうる可能性を指摘する論文を、Baylor College of Medicineの研究者らがNature誌にて発表しました。

 トレハロースは多くの場合、小腸にてグルコースに分解されて吸収されるが、分解しない体質の人もいることが知られています。十文字学園女子大学の奥恒行客員教授は、トレハロースの分解酵素の消化管部位における存在場所は、他の糖類の分解酵素と異なると指摘しています。

 食品の機能性は、経口摂取によって発揮されます。このような食品由来物質の腸内フローラへの影響の解析において、腸管オルガノイドが基盤技術になってきたといえそうです。