【日経バイオテクONLINE Vol.3160】

「透明性のある薬価制度を」と言うけれど……

(2019.05.17 10:00)
橋本宗明

 皆様こんにちは。日経バイオテクの橋本宗明です。

 今週は、キメラ抗原受容体(CAR)T細胞療法製品であるノバルティスファーマの再生医療等製品「キムリア」に、3349万円という高額な薬価が付くことが決まった中央社会保険医療協議会総会の取材に行ってきました。9時のスタートなのに、慎重を期して8時半過ぎに行ってみると既にテレビカメラが何台も取材の準備を始めていて、注目度の高さをつくづく感じました。この中医協の議論で感じたことを少し書いておきます。

 中医協総会の内容については既に記事を書きましたので、そちらでお読みください。
中医協総会、キムリアの保険償還価格を3349万円に

 ちなみに、この4月から私は日経ビジネスの編集委員も兼務していて、そちらでも記事を書いています。こちらも合わせてお読みください(日経ビジネス電子版の有料会員でないと読めない記事だったらすいません)。
「キムリア」の薬価3000万円超でも保険財政は破綻しない

 さて、日経バイオテク的に言うと、これまで再生医療等製品の薬価の上限は概ね1500万円程度で、関係者の間では1500万円の壁が何となく意識されていました。ですから、キムリアがこの1500万円の壁を突破したことで、上限が1500万円だと採算に合わないと躊躇していたプロジェクトでも、前向きに取り組むモチベーションが出てきたと思います。日経ビジネスの記事では、「この革新的な治療が日本で保険診療の中で受けられるようになったことを素直に歓迎したい」と書きましたが、加えてやはり、価値が認められれば高額な薬価も実現することを実証したという意味でも、率直に画期的なことだと思います。

 実際には、キムリアの薬価は原価計算方式で算定されました。諸々積み上げた製品総原価は2363万2062円で、これに既定の営業利益と流通経費、消費税を加えると3072万7896円です。補正加算として、35%の有用性加算(I)と10%の市場性加算(I)が認められ、これらを加えると4455万円になるところでしたが、薬価算定組織に対する情報の開示度が50%以下だったことを理由に補正加算は加算係数0.2を乗じた数字に減額されて、合計3349万3407円となりました。こうした話を聞いている限り、原価計算方式で定められている通りのルールで算定した結果の薬価であるわけで、疑問の余地があるとすれば2363万2062円という製品総原価の部分です。これについては中医協の議論の中でも、情報開示度の低さ、つまりどの程度信用できる数字なのかが指摘されていました。

 ただ、現実にはおそらく、製造工程において他社がライセンスを持つ様々な技術を使用したり、アウトソーシングしたりしている部分があったりするわけで、その契約内容については守秘とされている場合も少なくないと思われます。それを全て開示しろというのもかなり無理があり、だからこそ開示度に応じた係数が設定されているのだと思います。中医協総会では、「総原価が何でこんなに高くなるのかを知りたい」という声も出ていましたが、どのような情報開示がなされれば納得が得られるのでしょうか。

 審議のやり取りを聞いていると、中医協の委員の中に、高額医薬品を問題視する意識があることを強く感じました。確かに1回の投与で3000万円超というのは高額ではありますが、高額療養費制度がある日本では患者の負担はそれほど多額にはなりません。その分、保険財政が負担することになるわけですが、キムリアの対象患者数はピーク時で年間216人、予想販売金額は72億円で、市場規模はそれほど大きくありません。それでも何人かの委員が、薬価算定の在り方も含めて議論すべきだと指摘していました。高額になるのはイノベーションの成果でもあるわけですが、それを問題視する雰囲気があることが気になりました。

 ちなみに、本来流通経費は過去3年の平均値である7.5%が適用されるべきところ、キムリアでは「収載希望者の自己申告」に基づいて2.4%となりました。厚労省の担当者はその理由を「個別に製造するもので、卸を通さないなどの理由から、実際このぐらいの費用だと申告があった」と説明しましたが、これに対して中医協の委員からは、「再生医療等製品の経費を低く抑えることも検討の余地がある」との声が出ていました。これが再生医療等製品の薬価算定の悪しき前例にならなければよいのですが。

 保険財政に対する経済的負担ということで議論するなら、1回の治療で済む医薬品の価格よりも、慢性的に使われ続けるような薬の方が影響は大きい可能性があります。本来、根治につながる薬と、対症療法的な薬とでは、価格に対する考え方に違いがあってもいいかもしれません。「透明性」を求めても、おそらくは限界があります。むしろ、アウトカムベースや費用対効果評価によって、その薬の価値を適切に評価して、その恩恵を受けた患者が応分の負担をしていく仕組みを設けていくことが必要なのだと思いました。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

日経バイオテク お薦めの専門書籍・セミナー

  • セミナー「多様化する核酸医薬のモダリティ」
    2019年11月21日(木)開催!核酸医薬の研究開発が世界的に本格化。モダリティの多様化も進んでいる。日本発の核酸医薬が、果たして世界市場で存在感を示すことはできるかーー。その可能性を探る。
  • 最新刊「バイオベンチャー大全 2019-2020」
    日本発の将来有望なシーズを実用化・事業化へつなぐ、未上場ベンチャー267社の詳細リポート集!提携先を求める製薬企業や、投資先を探るベンチャーキャピタルにとって、バイオベンチャーの企業価値、コア技術の展望を見通すために有益です。

PR・告知製品・サービス一覧人材・セミナー・学会一覧