【日経バイオテクONLINE Vol.3153】

癌ゲノム医療、厚労省がロシュ陣営に反撃の一手

(2019.05.08 10:30)
野村和博

 みなさん、こんにちは。日経バイオテクの野村和博です。10連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。平成最後の年に保険収載を目指していた癌ゲノム医療は、結局間に合いませんでした。令和元年に日本の癌ゲノム医療を始めるにもまだまだ問題山積ですが、10連休に入る直前の4月24日、明るい話題が飛び込んできました。

 24日の中医協総会で、保険診療で行う癌パネル検査の元データが、国の機関「がんゲノム情報管理センター(CCAT)」に集積される方向でまとまったのです。中医協委員が、保険収載の条件として「元データの提供」を検査企業に求めました。これは日本にとって、国家的危機を回避するための大きな一手となりそうです。

 というのもこれまでの議論を見ていると、癌ゲノムデータを囲い込むことで巨大プラットフォーマーになろうとしている米Foundation Medicine社(FMI)に、日本の貴重な財産=日本人の癌ゲノムデータ、が吸い上げられようとしていたからです。

 ご存知の通り、FMIはスイスRoche社の子会社で、日本で承認を取得したFMIの癌パネル検査「Foundation One」は日本で圧倒的なシェアを獲得すると予想されています。FMIの検査は現場の医師にとって超優秀な秘書のようなもので、患者の検体を渡すと臨床医が必要とする治験情報や学術情報が集約されてリポートとなって返ってきます。専門家による検討(エキスパートパネル会議)に要する時間は激減します。米国では20万人の検体を解析した実績があります。

 一方のNCCオンコパネルは国の機関であるCCATがデータを解析しますが、週に何人分のデータを扱えるかまだ不透明で、解析データを臨床医が使える情報として集約するエキスパートパネル会議の負担も大きいとされています。ですので、現場の医師に聞くとほとんどが「FMIの検査を使いたい」と言います。

 医師が使いやすく、そして患者の利益になるならFMIの検査が普及しても構わないのですが、元データが返ってこないのなら話は別です。FMIの国内拠点となっている中外製薬に「なぜ元データをCCATに出さないのか」と聞くと、担当の方は「我々が決めることではない」と、FMIひいてはRocheの方針に従うだけのようでした。

 なぜ元データにこだわるかというと、癌ゲノム情報は宝の山だからです。それを基に新たな創薬や治療法の開発に繋げられます。癌ゲノム情報のデータには3種類ありますが、DNAシーケンサーから出てきたままの未加工配列断片データがFASTQファイル、それをヒトゲノムの標準配列に修正したBAMファイル、そして遺伝子変異情報をピックアップしたVCFファイルです。VCFファイルさえあればいいという意見もありますが、癌ゲノムはまだまだ解明されていない部分が多く、現在の解析技術で出されたVCFファイルが完全ではありません。元データであるFASTQファイルを再解析し、臨床情報と結びつければ新たな創薬や治療法開発に役立ちます。癌患者数の将来予測とそれに伴う薬剤の経済性評価にも活用できます。

 そんな元データを外国の一企業に握られてしまうと、日本は高い費用をFMIに払って情報を得なければならなくなります。国民の税金や保険料から、数十万円もの検査費用をFMIに払って、元データも返してもらえない。そのような不平等条約を、このままでは結ばれるところでした。そこへ中医協が「NO」を突きつけたわけです。保険収載を希望するなら元データを日本にも提供せよと。

 もちろん元データをもらっても、日本で優れた解析ソフトを作らなければその意義は半減してしまいます。ですが、少なくとも癌医療は情報戦ですから、日本がデータを持っていることが必ずや、日本の製薬企業や研究機関などに大きなアドバンテージを生むことと思います。

 ただ、まだ油断はできません。FMIの検査は肺癌や大腸癌などのコンパニオン診断薬としての承認を得ています。コンパニオン診断薬は特定の分子標的薬の投与対象になるかどうかを判定する検査薬ですが、その目的で使用した場合はパネル検査として評価されなくなる見込みです。そうすると、元データの扱いはどうなるのでしょうか。

 コンパニオン診断薬として使えるのなら、肺癌をはじめとする多くの癌患者が使えることになります。イレッサなどの分子標的薬がファーストラインで使えるのですから、年間10万人近くが対象になり得るのではないでしょうか。少なくとも厚労省が発表している、「がん患者全体の1%程度」という数字には到底収まりきりません。そんな大量の患者が、コンパニオン診断薬として無制限にFMIの検査を使うとどうなるか。やはり日本人の癌ゲノムデータが大量にFMIに吸い上げられて戻ってこない可能性が出てきます。それを回避するには、コンパニオン診断薬として使う場合にも、データ提出の条件を課すなどの対策が求められそうです。

 癌パネル検査の保険適用の条件交渉はこれから大詰めを迎えます。条件次第では、FMIが保険収載を見送ることもあり得るのではないかと考えています。引き続き注視していきたいと思います。

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