【日経バイオテクONLINE Vol.3122】

近未来の治験は「後出しジャンケン」で勝つ?

(2019.03.15 08:00)
坂田亮太郎
メディデータ・ソリューションの山本武社長
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Castleman Disease Collaborative Networkなどと実施したキャッスルマン病の共同研究成果(米Medidata Solutions社提供)
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 読者の皆さま、こんにちは!日経バイオテクの坂田亮太郎です。製薬企業の研究者とお話していると、「自分は会社に数百億円の穴を開けた人間です」と自虐的に語る方がたまにいらっしゃいます。自ら手掛けた新薬候補が臨床試験のフェーズIIやフェーズIIIまで進んでいたにもかかわらず、ドロップ(中断)してしまったとしたら…。筆舌に尽くしがたいショックを受けるのでしょう。自虐ネタとして笑って話せる人はいいですが、深刻に受けとめている方も中にはいます。

 もちろん臨床試験は会社の様々な部門が協力して進め、最終的には経営陣がゴーサインを出したものです。だから研究者個人が一人で責任を背負い込む必要はないのですが、自分が生み出したという自負が強い人ほどショックがあるのでしょうか。会社にとっても、莫大な費用がかかった後期臨床試験が失敗に終われば多大な損害となります。バックアップの開発候補が育っていれば良いですが、期待の新薬が“転けて”株価が下がれば、買収されるリスクにさらされることになります。

 先日、米Medidata Solutions社の取材をしていて、臨床試験の成功確率を大きく上げられるかもしれないと感じる話を聞きました。しかも治験をある程度進めた段階で望んでいた結果が得られていなくても、「出し手」を変えることで逆転できるかもしれない…。そこまで聞いて思わず、それって「後出しジャンケン」みたいと、独り言ちたのです。

 「日経バイオテク」の読者の皆さまに、バイオマーカーの重要性を今さらご説明する必要もないでしょう。疾患の発症もしくは増悪要因として、体内の生理活性物質Aが関わっていることが分かっているとします。スクリーニングの過程で、バイオマーカーであるAの発現量を上げたり下げたり、あるいは活性を上げたり下げたりすることができる化合物を発見できれば、有力なリード化合物になります。

 治験のデザインを決める上でもバイオマーカーが特定されている方が有利です。米国における医薬品開発の承認確率などを分析しているBiomedtrackerによると、フェーズI入りした化合物が販売承認に至る確率は、バイオマーカーが特定されている場合は25.9%であるのに対し、特定されていない場合は8.4%にまで下がります。この成功率の差を見ると、臨床試験に入る前に何としてもバイオマーカーを特定しておきたいところです。

 ところが、「AI(人工知能)を使えば臨床試験の途中でもバイオマーカーを発見することはできる」とMedidata社の日本法人社長を務める、山本武氏は事もなげに語ります。一体どういうことなのでしょうか。決め手となるのは、オミックス情報を網羅的に解析するAIにあります。

 臨床試験では、患者の基本属性や病歴、そして治験全過程における各種検査データや副作用などの情報を盛り込んだ症例報告書(CRF)をまとめます。このCRFには、プロトコール(治験実施計画書)の中で予め決めておいたバイオマーカーなどのデータを記録しますが、裏を返せば、プロトコールで定められた以外のデータは後から顧みられることがありません。

 そこでMedidata社は、患者のゲノム情報や血清中の蛋白質発現量などのオミックス情報を網羅的に解析する「Medidata Rave Omics」というシステムを開発しました。Rave Omicsの発想は、役に立つかどうかは分からないけれど、とにかく大量のオミックスデータを残しておくというものです。闇雲にデータの量が増えても混乱するだけですが、AIを駆使すれば、開発中の新薬を投与した患者に現れるわずかな変化でも隈無く発見できるというのです。

 成果は、2018年12月に開催された第60回米国血液学会(ASH)で発表されました。米Pennsylvania大学やCastleman Disease Collaborative Network(キャッスルマン病共同研究ネットワーク)と共同で実施した研究で、Rave Omicsを活用することで特発性多中心性キャッスルマン病(iMCD)の病因に関する新たな知見と治療のターゲットを発見できました。

 iMCDは診断が難しいことが知られています。症状が類似する感染症や自己免疫疾患そして悪性腫瘍などを除外した上で、iMCDであるかどうかを見極める必要があるからです。そこで共同研究チームは、5つのサイトから収集された臨床データを3カ月かけてRave Omicsで解析しました。データの標準化やクリーニングを繰り返すことで、iMCD患者を6つのクラスターに分類できることが分かりました(1クラスターは7人から27人の被験者)。また、そのうちの1つのクラスターでは、抗IL-6治療が65%の割合で奏功していました。iMCD患者全体における奏効率が35%ですから、相当高い割合と言えるでしょう。

 私が最も注目したのは、プロテオミクス解析の結果です。iMCD患者の治療前の血清検体から1300種類の蛋白質について発現量を分析し、そのうち発現レベルがiMCDとそれ以外との間で顕著に異なる蛋白質を10種類特定できたというのです。つまりこれまで注目されていなかった10種類の血清中蛋白質の発現量を調べれば、iMCD患者であるかどうかをかなりの精度で判断できるということです。

 従来の臨床試験は予め定めたプロトコールに従って薬剤の効果を判定してきました。期待していたほど薬理効果が高くない、あるいは薬理効果は高いが副作用が強すぎるため開発を中断せざるを得ないケースがままありました。しかし、Rave Omicsのようなシステムを活用すれば、薬剤の効きやすい患者だけをクラスター化して臨床試験をやり直せるかもしれません。あるいは、事前に想定していなかったバイオマーカーで診断できれば、患者のリクルーティングをかなり効率化することも可能となります。私が、後出しジャンケンと申し上げたのは、そのような意味です。

 もちろんRave Omicsのようなシステムを導入するには追加の費用がかかります。臨床試験をやり直すのもコスト増になるでしょう。それでも後期臨床試験まで進んだ期待の新薬がお蔵入りしてしまう損害(数百億円)に比べれば、その額は小さいのではないでしょうか。ドラッグ・リポジショニングにも効果を発揮できると期待できます。

 Medidata社のRave Omicsは、Memorial Sloan Ketteringが実施する大規模な膵臓癌診断研究でも活用されているようです。今後、他の疾患でも活用事例が増えていくでしょう。米食品医薬品局(FDA)など規制当局と綿密なコミュニケーションが欠かせませんが、莫大な費用のかかる臨床試験の成功確率を少しでも引き上げられるポテンシャルを感じました。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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