【日経バイオテクONLINE Vol.3110】

非常に希な疾患に対する治療薬の開発はどうすればいいのか?

(2019.02.27 08:00)
橋本宗明

 皆様おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。先々週日曜日に東京大学薬学部の講堂で開催されたRare Disease Dayのイベントを取材してきました。その中で、非常に希少性の高い疾患に対する治療薬の開発の難しさについて考えさせられることがありました。

 イベントの中では、東京大学大学院薬学研究科分子薬物動態学教室の林久允助教が、進行性家族性肝内胆汁うっ滞症2型(PFIC2)という、常染色体劣性遺伝形式を取る難治性の肝疾患に対する医師主導治験の講演をされました。このPFIC2という疾患が非常に希な疾患のため、医師主導治験の実施では大変な苦労をされています。

 PFIC2というのは乳幼児期に黄疸や皮膚掻痒感、成長障害などの症状が現れ、放置すれば肝硬変に至るという疾患で、治療としては生体肝移植が行われますが、リスクも高く、再発する患者もいます。家族性肝内胆汁うっ滞症というのは色々な理由で肝細胞内に胆汁酸が蓄積し、肝障害を引き起こす病気ですが、肝細胞内から毛細胆管に胆汁酸を排泄する機能を担うABCB11というトランスポーターの遺伝子に変異があるとBSEPと呼ばれるトランスポーターの機能が低下して発症することが2002年頃に報告されました。これがPFIC2です。

 林助教が学生として分子薬物動態学教室に来たのがちょうどその頃で、病気に関わるトランスポーターの存在に興味を持って研究に取り掛かりました。そして、PFIC2の患者と同じ遺伝子変異を持つ細胞を作製し、変異があってもBSEPが胆汁を輸送する能力自体には影響はないものの、膜上のBSEPの発現量が低下することを突き止めます。そこで、膜上のBSEPの発現量を増やすことができれば医薬品となる可能性があると考えて、既存薬を対象にスクリーニングを実施してBSEPの発現量を増やす化合物を探し、尿素サイクル異常症の治療薬として海外で使用されていたフェニル酪酸ナトリウムを見いだします。

 そこで2007年にフェニル酪酸ナトリウムを開発した米国企業に連絡して臨床試験を行うよう要請しましたが、まだPFIC2という疾患自体がよく分かっていない頃で、「ヒトでの有効性を確認してくれ」と言われ、5年を掛けて人に投与した場合の安全性を検討した上で、2012年に臨床研究を開始します。臨床研究では生後4カ月、1歳、1歳半のPFIC2の患者にフェニル酪酸ナトリウムを投与し、いずれも肝機能マーカーの数値は改善し、肝生検でも改善が認められました。うち1人は海外に転居したので詳細はフォローしていませんが、残る2人の子供は5、6歳に成長した現在もフェニル酪酸ナトリウムの服用を続けており、普通に日常生活を送っているとのことです。

 一方で、フェニル酪酸ナトリウムは日本において尿素サイクル異常症に対しても未承認でしたが、厚労省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で取り上げられ、シミックが日本での製造販売権を取得して、シミックの子会社のオーファンパシフィックが「ブフェニール錠」の製品名で2012年から販売を開始しました。そこで、林助教はオーファンパシフィックにPFIC2の適応でも開発するように求めましたが、シミックは日本での製造、販売権しか持っていません。シミックを通じて米国企業と交渉して、2016年にようやく日本での開発が許諾されます。

 そこで林教授らは日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受けて、医師主導治験の実施を計画しますが、治験を計画するに当たって、1.患者数の実態が不明である、2.疾患の自然歴が不明である、3.病気の進行度が分かる客観的かつ明確な指標がない──の3点が課題として浮上します。2015年に全国的な疫学調査を実施した結果、PFIC2の患者は全国に30人おり、うち3人は臨床研究でフェニル酪酸ナトリウムの投与を受けた患者で、残りの27人は全て肝移植を受けていること、肝移植は平均1歳半で実施されていること、PFIC2の年間の発生数は0から5人程度であることなどが判明します。

 こうしたデータに基づいて目標症例数を6人と定め、2016年11月に医師主導治験を開始します。医師主導治験の代表者は近畿大学医学部奈良病院小児科の近藤宏樹講師が務め、オーファンパシフィックは治験薬の提供と、治験結果に基づいて製造販売承認申請を行います。試験は多施設共同・非対照・非盲検で、疾患自然歴と比較して治験薬の有効性と安全性を評価するというデザインです。ところがこれだけ希な疾患となると、被験者を集めるのが極めて困難で、2018年8月までに4人の患者に投与を終えたものの、残る2人の患者が見つかりません。疫学調査で見つかった30人の患者はいずれも肝移植かフェニル酪酸ナトリウムによる治療を受けているため、医師主導治験の対象となるのは新規の症例です。学会などの協力を得て、原因不明の黄疸・胆汁うっ滞の患者がいれば、遺伝子検査が行われる体制を構築したり、全国紙に報道してもらい、保護者に認知してもらったりしていますが、それでも患者は見つかりません。「AMEDの予算が2020年3月末までで、有効性・安全性の評価と、データの取りまとめにそれぞれ6カ月を要することを考えると2019年3月末までに何とか患者を見つけなければ」と林助教は頭を抱えています。

 治験のデザインからして、医薬品医療機器総合機構(PMDA)も希少疾患であることを考慮して柔軟に対応していると思われますが、それでもこれだけ非常に希な疾患となると、計画通りに被験者が現れなかった時にどうするのかなど、かなり柔軟に対応していかないと医薬品の開発は難しいだろうと考えさせられます。一方で、ゲノム医療が本格化すれば、恐らくこうした極めて希な疾患は増えていくことでしょう。極めて希な疾患に対する医薬品の治験、有効性の評価の在り方を考え直す必要があるように思いました。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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