【日経バイオテクONLINE Vol.3098】

臨床試験の結果の開示率と失敗したデータの重要性

(2019.02.08 08:00)
久保田文

 おはようございます。副編集長の久保田です。先日、あるシンポジウムで厚生労働省の方が、世界の臨床試験の規制動向について講演していました。その中で、臨床試験の結果の開示状況について言及していたのですが、それを聞いていて、「この状況は、精密医療や個別化医療の妨げになるなあ…」とふと思いました。

 米国の臨床試験の大規模データベース(clinicaltrials.gov)や学術論文のデータベース(PubMed)などに基づいて分析された様々な研究から、臨床試験(国内でいうところの臨床研究と治験)の結果の開示率は、これまで50%程度と考えられてきました。

 もちろん製薬企業が実施した臨床試験、特に大手の製薬企業になればなるほど結果の開示率が高くなり、逆に大学や研究機関が実施した臨床試験の結果の開示率は低い傾向があります。また、近年は公的研究費を受けたり、論文を発表したりするのに、臨床試験の詳細や結果の登録を義務付ける動きもあるので、全体の開示率も増加傾向にはあるでしょう。ただ、開示率100%にはまだまだ遠いというのが現実です。

 そのため、世界保健機関(WHO)を始めとする様々な組織・団体は、幾度も「臨床試験の結果を開示せよ」との声明を出してきました。その時には、道徳的倫理的な観点からとか、被験者のリスクを減らすためとか、公衆衛生上の利益とかいった理由で、開示することが重要だと説明されてきたわけですが、個人的には(臨床試験の被験者を除けば)、「結果が開示されないことで、あの患者が不利益を被ってしまう」というような個別具体的なイメージは持っていなかったというのが正直なところです。

 ただ、最近、癌ゲノム医療をやたらと取材しているせいか、シンポジウムで、多くの臨床試験の結果が開示されていないという現実に触れ、「ああ、癌ゲノム医療を受ける患者が不利益を被るかもしれないな……」と初めて個別具体的なイメージが湧きました。癌ゲノム医療というのは、癌関連遺伝子を網羅的に解析し、遺伝子変異を見出して治療に役立てるプロファイリング検査のことです。プロファイリング検査では、世界中の膨大な論文や公的なデータベースを収集した知識データベースを参照し、見出された遺伝子変異に効果が期待できる薬剤を探索しますが、その知識データベースには、開示されていない臨床試験の結果は入れようがありません。

 結果が開示されていない臨床試験の多くは、被験者登録が進まなかったり、仮説が立証されなかったりして、うまくいかなかった臨床試験だろうと推測されます。被験者登録が進まなかった場合はともかく、仮説が立証されなかった臨床試験の場合は、その失敗という事実自体が、患者にとってよりよい治療方針を立てるのに役立つ可能性があります。患者にとっては、成功した臨床試験と同じぐらい、失敗した臨床試験にも価値がある、というと言いすぎでしょうか。

 最近は、膨大な論文や公的なデータベースを人工知能(AI)に学習させ、診断をサポートしたり、治療方針を提示させたりするためのシステムを開発します、という話をよく聞きます。ただ、AIが、あらゆる臨床試験の結果やあらゆる実験の結果を学習できる日は来ないのだろうな、と思う今日この頃です。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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