【日経バイオテクONLINE Vol.3079】

平成の終わりに考えた、中国にあって日本にないもの

(2019.01.11 08:00)
坂田亮太郎

 読者の皆さま、こんにちは!日経バイオテクの坂田亮太郎です。今年の年末年始は、平成30年間を振り返るテレビ番組が多数放送されましたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。「懐かしい…」と感傷にひたることも多かったのですが、過去を振り返ることは楽しいことばかりではありません。

 私の場合、自分の過去の記事を読み返すと冷や汗をかくことばかりです。日経バイオテクは1996年2月以降、20年以上にわたる5万件以上の記事が検索できます(有料会員のみ)。私は1998年4月に日経BPに入社し、日経バイオテクに配属されました。検索結果を見ると、2004月1月に異動する6年弱の間に1075本の記名記事を執筆したようです。

 日本人研究者が米連邦捜査局(FBI)に逮捕された「遺伝子スパイ事件」や米国産トウモロコシの貿易問題にまで発展した「StarLink混入問題」など、バイオテクノロジーの専門誌として書くべきことは書いたと今でも思える記事はあります。ただ、今の自分だったら「こうは書かなかった」と悔やむ記事も少なくありません。その一例がDNAシーケンサーに関する記事です。

 若い読者には馴染みが薄いかもしれませんが、2000年当時のバイオ業界はDNAシーケンサーがホットトピックスでした。様々な生物種のゲノム解読プロジェクトが立ち上がり、2003年には人間の全ゲノムを解読するHuman Genome Projectが完了しました。その後も各国が競い合うようにゲノム解読にしのぎを削り、日本も負けじと1台千万円はする高額のDNAシーケンサーが飛ぶように売れ、これまた高額の試薬が湯水のごとく消費されていきました。

 大半のゲノム解読プロジェクトには国費(税金)が投入されたため、当然のことながら日本メーカーのDNAシーケンサーを利用すべきとの声が上がりました。当時、DNAシーケンサーの開発で先頭を走っていたのは米国Applied Biosystems社(ABI社、現米Thermo Fisher Scientific社)でした。ABI社の製品には日立製作所の技術も使われていましたが、「日本製」と呼べるレベルではありません。島津製作所なども独自開発したDNAシーケンサーを販売してはいたものの、米国勢の牙城は揺るぎません。そこで米国を凌駕する国産DNAシーケンサーを開発しようと、経済産業省が研究プロジェクトを計画しました(関連記事1)。2002年頃の話です。

 しかし、当時の私は、国産DNAシーケンサーなんか要らないんじゃないかと、経産省の担当者に食ってかかっていました。研究者が求めているのはデータであり、ハードは重要ではない。また、シークエンシングに関連する知的財産権も既に米国勢に押さえられており、後発の日本には勝ち目がない。だったらDNAシーケンサーの開発に国費を投入するのは無駄の極み……と思っていたからです。

 似たような議論は、インターネットの検索エンジンでもありました。NTTが運営するポータルサイト「goo」は日本で開発された検索エンジンを使用していましたが、「Yahoo!」や「Google」など米国企業の検索サイトがシェアを急進させていました。2003年末にgooがGoogleの検索エンジンを使うことを決めた後は、国産検索エンジンはほぼ消滅してしまいました(2006年頃、経済産業省が「日の丸検索エンジン」の開発プロジェクトを立ち上げましたが、すぐに頓挫)。

 こうした日本の動きとは全く逆行していたのが中国です。中国政府はネットの世界で「金盾」と呼ぶファイアーウォールを構築し、米国勢を中国市場から締め出しました。「世界最高速のブラウザーが使えなくなって中国人はかわいそう」と当時の私は感じていましたが、これは完全に思い違いだったことが後で分かりました。1つひとつの検索結果に意味は無くても、それを広く束ねれば巨大な利益を生むことをGoggle社は証明しました。

 中国が最初からそこまで読み切っていたかどうかは怪しいですが、中国政府は金盾の中で自国企業による検索エンジンを育成、その中から「百度(バイドゥ)」が台頭しました。その後も、電子商取引のアリババ集団やSNSの騰訊控股(テンセント)など巨大企業も誕生しました。今や、技術面や時価総額の面でGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれる米IT大手に対抗できるのは、中国の「BAT」(バイドゥ・アリババ・テンセント)だけという状況です。

 DNAシーケンサーの市場でも同じ状況になりつつあります。次世代DNAシーケンサー市場で、トップの米Illumina社に対抗する力を持つのは、今や中国BGI社(華大基因)だけといえる状況になってきました。

《最新の次世代シーケンサーの開発動向は『日経バイオ年鑑2019』のDNAシーケンサー(関連記事2)をご覧ください》

 BGI社は1999年に北京で設立され、中国が国家で取り組むゲノムプロジェクトに参画してきました。史上初めてアジア人の完全なゲノムの解読に成功したのもBGI社で、ニワトリ、イネ、カイコ、ジャイアントパンダなどの動植物ゲノム解析プロジェクトも成功させてきました。BGI社はDNA解析サービスで世界大手に成長しましたが、それを支えたのがIllumina社から大量に購入したNGSというのが皮肉です。BGI社は自社でもNGSの開発に取り組み、2013年には米Complete Genomics社を吸収合併。現在は、改良型DNAナノボール(DNB)技術を使ったNGSを販売しています。

 そして2018年10月には、BGI社グループの中国MGI Tech社(深圳華大智造科技有限公司)がウルトラハイスループットシーケンサーともいうべき「MGISEQ-T7」を発表しました。詳細は2019年2月11日号の特集でお伝えする予定ですが、MGI社の幹部は「1人分の試薬代コストが100ドル近くまで下がる」と発言しています。これはIllumina社が2017年1月、最新鋭のNGS「NovaSeq」をお披露目した際に打ち出した、「将来的に1人当たりのゲノムを100ドルで解析可能とするプラットフォームになる」という言葉を意識しているのは明らかです。

 中国企業が本当に100ドルゲノムを実現できるのかどうかは検証が必要ですが、本稿で私がお伝えしたいのは、米国(企業)が唱えた「業界秩序」に異を唱える気概が中国にはあるということです。検索エンジンでもNGSでも、日本(企業)は自ら開発する道を断念し、お客さんになる道を選びました。最先端の製品やサービスを手っ取り早く利用することにはなりましたが、10年、20年、そして30年というタームで考えてみると、国家の産業政策としてどちらが正しかったのでしょうか。

 NGSは単なるハードではありません。情報の発生基点であり、近年のバイオテクノロジーの発展はNGSの飛躍的な性能向上によってもたらされたといっても過言ではありません。その源泉を国内に握っていない日本は、取りうる選択肢を自ら狭めてしまったのは間違いありません。私自身、バイオテクノロジーの専門誌の記者として、中長期的な視点でDNAシーケンサーの記事を書くべきだったと今は悔やんでいます。

 歴史の検証に耐えうる記事を1本でも多くお届けしていきたいと思っています。今年も、日経バイオテクをよろしくお願いいたします!

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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