【日経バイオテクONLINE Vol.3067】

研究を評価するのは“専門家だけ”ではない時代に

(2018.12.14 08:00)
久保田文

 おはようございます。副編集長の久保田です。今年もあっという間に年末になり、寒さが増してまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 「やっぱり出てきたか」――というのが正直な感想でした。中国Southern University of Science and Technology(南方科技大学)の研究者であるJiankui He(賀建奎)准教授が、ゲノム編集技術であるCRISPR/Casを用いて、2個の受精卵にCCR5遺伝子を欠失変異を誘導し、2人の女児が生まれたと主張している件です。

ニュース◎中国の研究者、「ゲノム編集で2人の女児誕生、別の女性も妊娠の可能性
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/18/11/29/05041/

 今回の主張については、そもそも事実なのかどうか、裏付けが取れていません。He准教授は基礎研究者なので、もし事実なら体外授精や着床前診断に精通した産婦人科医の臨床試験への協力が欠かせないわけですが、それについては確固たる情報がないのが実情です。ただ、第2回ヒトゲノム編集に関する国際サミットでの講演や質疑応答のやりとりを見る限りでは、「嘘ではなさそうだな……」という印象を受けました。

 専門家による科学的、社会・倫理的な指摘については、上記の記事をお読みいただければと思います。ただ今回の件を通じて改めて、科学研究の実施や研究成果の発表のあり方について考えさせられました。

 He准教授は今回の研究について、公的研究費や企業の資金などは使っておらず、大学や自身の研究費を使って実施したと主張しています。中国では、米国留学から帰国した研究者に手厚い研究費を出しているという話を聞いたこともあります。ですので、He准教授が公的研究費を使わずに今回の研究を実施できたとしても不思議ではありません。専門家による公的研究費の審査プロセスはこれまで、この手の研究をふるいにかける機能を担ってきた部分がありますが、私たちは今回の件を通じて、(所定の手続きが必要な臨床試験は別として)潤沢な研究費があれば、ある程度のことができてしまうという現実を突き付けられたと言えるでしょう。

 同様にHe准教授は今回の研究について、論文発表前にYouTubeにプロモーション動画を公開。2人の女児が生まれたとする“研究成果”は瞬く間に世界中に伝えられました。さらに講演する予定になっていた国際サミットは、(今回のHe准教授の件と関係なく)社会的な重要性に鑑みて、オンラインで生中継されていたので、私も含めてあらゆる国の方々がHe准教授の講演をリアルタイムで聴講することになりました。その意味では、論文誌の査読プロセスという専門家の評価にさらされることなく、いきなり“研究成果”が万人の注目を集めることになったわけです。

国際サミットの講演の動画
http://www.nationalacademies.org/gene-editing/2nd_summit/second_day/index.htm
(Session3「Human Embryo Editing」の1:15:30辺りから)

 この手の科学研究の実施や研究成果の発表のあり方は、規制できないという現実もあり、いずれにせよこれからさらに広がることになるでしょう。そしてその際は、従来専門家だけが担っていた、研究をふるいにかけたり、研究成果を評価したりする機能を、非専門家、つまり社会全体も担うことになると言えます。

 現在のゲノム編集や解析技術の成熟度、臨床研究の臨床的意義、手続きの透明性、生まれてきた2人の女児の将来等々を考えると、今回の研究が事実だとしても個人的には容認できません。ただ、唯一救いだったのは、He准教授自身も「全く予想外だった」とこぼすほど、専門家はもとより、社会が素早くかつ大きく反応し、SNSなどを通じてあらゆる側面から非難や批判、指摘をしたことです。YouTubeのプロモーション動画により、He准教授は、研究成果のすばらしさを世界に伝えられると計算していたのかもしれませんが、結論としては、社会が研究成果に「NO」を突き付けたのです。今回の件で社会が果たした役割は、結構大きかったと言えます。同じように、この手の研究が今後、なし崩しに実施されることになるかどうかも、私たちの社会にかかっていると言えるでしょう。

 さて今年、私が担当させていただくメルマガは、こちらで最後となります。国内外のバイオテク業界の方々には、本年もお忙しいところ取材に応じていただき、大変お世話になりました。また、多くの記事をお読みいただき、読者の皆様には心より感謝申し上げます。それでは、よいお年をお迎えください。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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