【日経バイオテクONLINE Vol.3060】

治療支援アプリは新薬開発も変える

(2018.12.05 08:00)
小崎丈太郎

 患者さんのスマホにダウンロードされたアプリを使って治療成績の向上を狙う“治療支援”が注目されています。外来化学療法を受けている乳癌患者さんの抗癌剤の副作用の管理に、治療支援アプリを試験的に導入している埼玉医科大学国際医療センター乳腺腫瘍科の上田重人講師に取材させていただきました。上田講師の話を伺っているうちに、これは新薬の開発にも欠かせないアイテムになると確信しました。

 抗癌剤の副作用といっても個人差があります。同じ抗癌剤、同じレジメンであっても、出現する副作用の種類、頻度、強度は様々です。ある患者さんは強いしびれ(末梢神経障害)に悩まされるが、別の患者さんはしびれではなく激しい嘔気に悩まされるという具合です。しかも、近年癌薬物療法の中心に位置づけられるようになった多くの分子標的治療薬は以前の殺細胞性抗癌剤よりも多彩な副作用が出現しますから、よりきめ細かい対応が求められています。

 上田先生ら埼玉医科大学のグループと地元のソフトウエア会社グローバルソフトウエア(埼玉・本庄)が開発した「フリックカルテ」は、13項目の副作用情報をクリックして選ぶアプリです。患者さんは起床と同時にスマホの画面から自分に出現した副作用の状況を、ボタンをクリックすることによって大学病院の医療スタッフに報告します。あまりに強い症状が出た場合は、アプリが自動的に対処法情報を表示します。医療スタッフが対処するのは、重篤な症状が出た場合に限定されます。

 患者さんは、1日のうち何回でも、自身の情報を報告できます。症状が軽い多くの報告は、ロボットが自動的に対応することから、医療スタッフが消耗することはありません。むしろ、軽い不安を相談する電話が減り、スタッフの負担は軽くなる傾向すらあるそうです。
 パイロット試験の結果は好評だったことから、上田講師は「乳癌以外の癌にも拡大して、学内プロジェクトとして有効性の検証を行っていきたい」と語っています。「免疫チェックポイント阻害薬に抗癌剤を併用するなど、重篤な副作用を警戒すべきレジメンには、こうしたアプリが効果を発揮するはず」と上田講師は期待しています。

 このアプリの目的は、「診療日ではない日に出現する副作用をリアルタイムで“見える化”する」(上田講師)ことです。つまり主眼は日常診療の中で患者さんのQOLを上げることにあります。しかし、新薬開発という観点からも大いなる活躍が期待できそうです。例えば、画期的な結果を出した臨床研究だが、その過程で多くの症例脱落が認められるケースがあります。こうなると、その結果を日常診療に反映できるかどうかは怪しくなります。そんなとき、副作用に対するきめ細かな対応が症例脱落を減らせる可能性があります。脱落まで行かなくても、研究医、治験医がこれまで目が届かなかった在宅時の患者さんの情報が得られることは有益です。

また症例が限られた治験では分からなかった副作用が市販後に明らかになることもあり、市販後調査の重要性は増しています。ここにも患者からの報告は威力を持つはずです。個人情報保護が厳密に担保される仕組みさえできれば、現在のように医師を介することなく、製薬会社が直接、患者さんから情報を集める事ができるようになるかもしれません。

日常診療に戻りましょう。現在、薬物による治療開始にあたっては、患者さんは医療スタッフから懇切丁寧な副作用に関する説明を受けます。それだけではなく、パンフレットや説明書を山のように受け取るケースも珍しくありません(その中には、患者さん本人と結果的に直接関係しない情報も含まれます)しかし将来は、「このアプリ“A”とこのアプリ“B”をお使いのスマホにダウンロードしてください」で済んでしまう時代が来るかもしれません。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

日経バイオテク お薦めの専門書籍・セミナー

  • 「世界の創薬パイプライン2018/2019」
    海外ベンチャーの創薬プロジェクトを大幅拡充。自社の研究テーマと関連するパイプラインの動向、創薬研究の方向性や競争力、開発状況の他社比較に有益なデータとして、自らのポジショニングを確認できます。
  • 新刊「日経バイオ年鑑2019」
    この一冊で、バイオ分野すべての動向をフルカバー!製品分野別に、研究開発・事業化の最新動向を具体的に詳説します。これからのR&D戦略立案と将来展望にご活用ください

PR・告知製品・サービス一覧人材・セミナー・学会一覧