【日経バイオテクONLINE Vol.3057】

財源捻出のための薬価制度改革には限界

(2018.11.30 08:00)

 皆様おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 中国Southern University of Science and TechnologyのJiankui He准教授がゲノム編集を行った受精卵から双子の女児が誕生したというニュースには驚愕しました。香港で開催されている第2回ヒトゲノム編集に関する国際サミットでの講演を聞く限り、動物を使った前臨床試験で安全性を確認し、さらに作製した受精卵についても、次世代シーケンサー(NGS)を使った全ゲノムシーケンスなどで安全性を確認するなど、科学的にはでき得る範囲での検討がなされているようです。また倫理面でも、臨床試験の実施施設とされる医療機関と言い分が異なるようですが、倫理審査やインフォームドコンセントなどの手続きは実施した上での臨床試験ではあったようです。しかしそれでも学会などで十分な議論がなされたとは言えない状況での実施は、独善的な行為としか思えません。とりわけCCR5遺伝子の欠失は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)にかかりにくくなる半面、西ナイル熱ウイルスに感染しやすくなることも知られています。その遺伝子操作がその子供の将来に何をもたらすのかが十分に検討されていたのかという点で、非常に疑問を感じます。倫理審査とインフォームドコンセントさえ得ていれば問題ないというようなことになっては、閉じられた世界で同様の事態がどんどん進んでいきそうで、恐怖を覚えました。

 ここから先は別の話題を取り上げます。He准教授の講演内容などは、下記の記事でお読みください。

中国の研究者、「ゲノム編集で2人の女児誕生、別の女性も妊娠の可能性」
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/18/11/29/05041/

 先日、「薬価・薬剤制度─現状課題と今後の制度のあり方」と題するメディアセミナーに参加する機会がありました。講師を務めたのは、7月に発行された「薬価の経済学」(日本経済新聞社)という書籍の編著者である法政大学の小黒一正教授、 菅原琢磨教授。それから、IQVIAソリューションズジャパンの高山莉理子マネージャーも登壇しました。

 講演は、保険財政に制約がある一方、産業の競争力も考慮していく必要があり、それを薬価だけでコントロールしようとしているのは無理があるといったトーンで、菅原教授は主に薬価制度やジェネリック医薬品の推進策などの観点から、現状の精度の課題や限界などを指摘し、改善策を提案していました。また、小黒教授は社会保障財源や保険医療制度全体の観点から問題点を指摘していました。IQVIAの高山マネージャーは、リアルワールドデータに基づいて、2010年度以降の薬剤費の増加の多くは、高額薬剤(この定義は、包括医療費支払い制度=DPCにおいて、出来高算定対象となる医薬品ということです)によってもたらされていることを紹介していました。

 菅原教授が指摘した中で、ちょっと意外だったのは医療費に占める患者の自己負担率が実は低下傾向にあるということです。窓口での負担割合は歴史的に引き上げられる方向で推移してきたはずですが、高額療養費制度の対象となる薬剤が増えた結果、「実効負担率」は横ばいから下がり気味に推移しているというのです。菅原教授は、「実効負担率が下がったなら、高額療養費制度の対象となる上限額を引き上げるような措置も必要ではないか」と指摘していました。

 それから、これはおっしゃる通りと思ったのは、コンパニオン診断薬などの「対象患者のスクリーニング技術の開発にインセンティブを与えるべき」との指摘です。スクリーニング技術と同時開発・申請をした場合には、それを評価して薬価に加算を付けるようなアイデアを紹介していました。薬価で評価することで、製薬企業にコンパニオン診断薬との同時開発を促すというのはいい手かもしれません。さらに言うと、精密医療といった言葉は飛び交っていますが、現状では体外診断薬など「診断」に対する診療報酬上の評価が低すぎ、開発に取り組むインセンティブが少ないように思います。薬との同時開発でなくても、診断の精度を高めて無駄な投薬の削減につながるような診断技術には、それこそ費用対効果評価に基づいて、医療費の削減効果を試算し、それに見合った診療報酬を付けてもいいのではないでしょうか。この他、菅原教授は、「高額療養費制度の下ではバイオシミラーの利用にインセンティブが働かないので、利用者に自己負担分の一部還付する制度を導入しては」といった提案をしていました。

 一方、小黒教授は、医薬品をその対象疾患の重篤度や後発品の有無などで分類して、そのタイプによって保険給付率に差を設けてはどうかと提案していました。それにより、重篤性の高い疾患に対する医薬品に重点的に保険給付を回しながら、医薬品全体への保険給付は抑制するという考え方です。ただし、小黒教授は「診療報酬本体にもっと大きな非効率性があるはず」とも指摘していました。薬価の引き下げ分を診療報酬改定の財源に使うようなやり方が限界を迎えているのは明らかで、診療報酬に手を入れて、医療全体の効率化を促すようにすべきというのももっともな指摘です。さらに小黒教授は、年金のマクロ経済スライドと同じようなやり方で、診療報酬に自動調整メカニズムを導入してGDPに対する医療費の比率を一定に保つというアイデアも披露していました。

 いずれにせよ、薬価制度だけをちょこちょこ変えて財源を捻出するようなやり方を続けていては、日本の医薬品市場の魅力は低下し、プレーヤーは海外へと逃げだしていくだけです。中長期的視点に立って、社会保障制度全体を設計し直す必要に迫られているのはあらためて言うまでもなさそうです。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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