日ごろ取材のために、大学の研究室に伺って話を聞くと、しばしば大学院修士課程の院生さんたちの就職活動による影響が話題になります。修士課程の2年間といえば、職業研究者を目指す人にとっては、その第1歩ともいえる重要な期間のはずですが、現在ではその大部分が就活に割かれているという実態があります。

 関西のある大学院の医学研究科の教授は、「原則、修士の学生は医師免許の保持者に限っている」と話していました。
「医学部以外の学生を修士課程に入れても、就活を理由にほとんど研究室に現れない。内定を獲得した2年目の秋から実験を始めるが、修士論文を支えるだけのデータが得られず、助教や准教授のデータを借用して、論文化する。これでは修士という名の学歴洗浄と同じです」
一方で就職の心配が無い医師、とくに臨床を経験した医師ならば「基礎研究を進めるにあたって問題意識も深く、研究の目的も明確で、実験にも真摯に取り組んでくれます」との高い評価でした。 

 関東の農学研究科の教授も「修士課程は就職予備校化していて、修士課程に入学した学生はほとんど就職のことばかり考えている」と話していました。その教授によると、同じ就職予備校の中でも、学内から進学した学生と学外から来た学生とでは様子が異なるようです。
「学内から持ち上がった院生は卒業研究からのデータの蓄積があるので、見た目はそれらしい修論に仕上げるが、学外から進学した院生はそれが無いので、就活後の一発実験のデータを使うしかない。したがって再現性が当てにならないので、当然論文にならない。修士課程の学生を2、3人重ねると再現性も出てくるので、なんとか論文になる」
 学内進学者であっても修士の働きは限られているので、その教授が下した結論は「学生をあてにして研究プロジェクトは進めることは諦め、ポスドクとパートさんとで研究を回す」というものでした。

 大学院生の側にも「修士に行った以上、就職しないと意味が無くなる」という切迫感があるようです。都内の大学の教授によると、就活を理由に研究室に姿を現さない院生に、実験をするように告げたところ、「就活を優先する」との理由を述べて反論してきたとのことです。教授は「それでは君に修士を賦与することはできない。この○△大学で修士を取得するという意味を考えてほしい」と説得したそうです。
 研究をしなければ修士号は与えないというのは、当たり前のことですが、就活の是非をめぐる緊張感を彷彿とさせるエピソードではないでしょうか。
 
最後に先日、国立研究開発法人の研究所の部長にこの問題を伺ったときのコメントを紹介します。「学部を出て大学院に進学するばかりが研究者の道ではありません。学部を出て企業に就職した後に研究所や大学院に派遣されて修士課程に相当する研究を進める道もあります。うちで勉強している修士課程の多くが企業から派遣されている人たちです」