おはようございます!日経バイオテクで副編集長をしております坂田亮太郎です。日々の取材活動で様々な方にお話を伺いますが、その度ごとにいろんな気持ちになります。取材先で思ってもみなかったことを聞けたときはワクワクします。逆に、事前に想定していたことも聞き出せなかった際には凹みますね。準備不足など原因はいろいろあるのですが、せっかく時間を割いてもらった相手に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

 6月19日(火曜日)にAWS(Amazon Web Services)が開催した記者説明会。その日の私の心理状態をご説明すると、取材する前までは「やっぱり狙ってきたか…」という諦めと納得が入り交じったような複雑な気持ちでした。説明会で話を聞けば聞くほど「嗚呼!」と頭を抱え込み、取材を終えるころには「もしかすると、これで医療分野でもビッグデータの活用が始まるかも…」と(少しだけ)希望を抱くこともできました。順を追ってご説明します。

 AWSは世界最大のインターネット通販会社である米Amazon.com社の一事業部門です。2017年におけるAWSの売上高は174億6000万ドル(約1.9兆円)とそれだけでも巨大ですが、アマゾン全体の売上高(1779億ドル=約19.6兆円)から見れば1割にも満ちません。にもかかわらず、アマゾン全体の営業利益の7割から8割を稼ぎ出しています。

 米国では書店から百貨店まで様々な小売業者が次々と廃業に追い込まれている状況を「アマゾン・エフェクト」と呼ばれています。アマゾンが次から次へと野心的な取り組みを繰り出してこれるのも、AWSという高収益部門が支えているからです。

Microsoft、IBM、Googleが束になってもかなわない

 AWSは元々、アマゾンのネット通販を支える黒子のような存在でした。膨大な数の注文を瞬時に処理するためには、商品や顧客の情報が記録されているサーバーの運用などで高度なノウハウが必要になります。こうしたノウハウを社外に売れば大きなビジネスになると考え、2006年からAWSとして事業を始めました。その先見性には心底、感心します。

 AWSは膨大な数のサーバーを調達し、世界各地で巨大なデータセンター群をいち早く整備しました。顧客企業は自社でサーバーを用意しなくても、必要なコンピューティングパワー(ストレージや演算能力など)やAI(人工知能)などのアプリケーションをクラウド経由ですぐに利用できます。今では日本のメガバンクのような保守的な金融機関でさえもAWSを利用しているほど。顧客は全世界で数百万にのぼり、日本でも10万を超えるそうです。

 クラウドサービスとしてAWSは圧倒的なシェアを維持しています。米調査会社Synergy Research Groupによると、2017年末の時点でAWSのシェアは35%程度。これに対し、2位の米Microsoft社(13%程度)、3位の米IBM社(8%程度)、4位の米Google社(6%程度)のシェアを足し合わせても、首位のAWSを超えることができません(数年前まで2位から10位まで足しても首位のAWSに全くかなわないという期間が長く続いていました)。

 Microsoft社、IBM社、Google社というIT業界の巨人3社が束になってもかなわないAWSに対して、「クラウド界の絶対王者」という称号が与えられている所以です。

 AWSの圧倒的な強さは、アマゾンと同様に「顧客第一主義」を貫いている点からも伺えます。AWSは大量調達によりサーバーなどのコストを削減して、それを原資にして新たな顧客を呼び込むことで、常にスケールメリットを追求し続けています。その結果、サービス開始から12年間(2018年3月末)で66回も値下げしているのです。シェアで圧倒するトップ企業が自ら価格破壊を仕掛けてくるのですから、2位以下の企業は付いていくだけでも大変でしょう。

儲けに対する鋭い嗅覚に納得するものの…

 そのクラウド界の絶対王者は、当然のことながら医療分野にも進出して来ています。欧米では、オランダPhilips社のヘルスケア部門がAWSを使って米国における診断、治療、予防のためのソリューションを提供。またワクチン開発などを手掛ける米Moderna Therapeutics社は、AWSを駆使することで薬物候補を臨床研究に導入するまでの期間を短縮しています。

 日本では東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)が2012年からX線やCT、MRIなどの画像データを保存する医療機関向けサービスをAWSベースで提供しているほか、協和発酵キリンも社内ITインフラにAWSを使っています。

 そしてこの日(19日)発表されたのが「医療情報システム向けAWS利用リファレンス」でした。電子化された診療情報などをクラウド経由で利用するには、厚生労働省、総務省、経済産業省が公開している、いわゆる「3省4ガイドライン」に準拠する必要があります。この3省4ガイドラインには合計すると数百の要求事項があり、医療機関(もしくは医療情報の委託を受けた事業者)は自分たちのITシステムがそれだけ多くの条件に合致しているかどうかを調べ、合致していない場合には対策手段を講じなければなりません。考えただけでも気の遠くなるような労力と時間がかかりそうですが、今回発表されたリファレンスを活用すれば、そうした作業を大幅に簡略化できるのです。

 要するに、これから大量に出てくるデジタル化された医療情報をAWS上のストレージに保存して、そのデータを分析・解析するのにもAWSを活用する──そのための環境整備が、この日本でも着々と進んでいるということです。儲かりそうなものに対する鋭い嗅覚に「やっぱり狙ってきたか…」と納得する一方、結局は日本の医療に関するビッグデータもAWSにのみ込まれてしまうのかという諦めに近い気持ちになりました。

日本の大手IT企業がこぞってAWSに協力

 それだけではありません。注目すべきは、このリファレンスの作成にキヤノンITソリューションズ、NEC、日立システムズ、フィラーシステムズという日本の大手IT企業がこぞって協力している点です。日立やキヤノンそしてNECクラスの大企業なら当然、グループ会社が提供する独自のクラウドサービスがあります。にもかかわらず、クラウド事業で競合するAWSと組むメリットはどこにあるのでしょうか。

 この点を日立システムズの松本一敏氏(関西支社第二営業本部第三産業営業部の担当部長)に尋ねると「もちろん社内ではAWSと組むことには異論がある。しかし、AWSを使いたいというお客様のニーズが増えているので、営業としては対応せざるを得ない」と苦しい胸の内を率直に語ってくれました。NECの大竹孝昌氏(サービスプラットフォーム事業部マネージャー)は「医療機関においても、特に年齢の若いお客様からは『AWSでシステムを組んでほしい』と要望がある」と言います。「HITACHI」とか「NEC」という日本人からすれば親しみを感じる伝統的なブランドよりも、世界最先端のAWSを使いたいというユーザー側の意識の変化が着実に広がっているのです。

 こうした説明を聞いているうちに、私は頭を抱えてしまいました。日本のIT大手が営業のフロントに立ち、医療に関するデータは根こそぎAWSに持っていかれる近未来の図が頭から離れなかったからです。電子メールや購買データにとどまらず、日本人の健康情報さえも外国企業に委ねざるを得ないのでしょうか。

業界のしがらみに見向きもしない突破力

 「グロバール社会で外資と内資を区別する意味が分からない」とか「オマエは国粋主義者か!」などとお叱りを受けそうです。ただ、データをたくさん集め、そのデータに価値ある情報を付与できた者が莫大な利益を手にすることができるデータ資本主義社会において、AWSを筆頭に米国企業の存在が日に日に大きくなっているのは紛れもない事実です。中国企業は検討しているものの、そこに日本企業の顔が見えてきません。

 勝手に悲観して頭を抱え込んでいた私ですが、取材を終える頃には「もしかすると、これで医療分野でもビッグデータの活用が始まるかも…」と思い始めました。と言うのも、医療に関しては様々なデータが蓄積されつつあるのに、それらを統合して活用する動きは広がっているとは言えません。

 ゲノム情報、臨床試験の記録、電子カルテ、レセプト、DPC(包括医療費支払い制度)に関するデータなど、医療に関するデータベースは日本でも大量に存在します。こうしたデータベースは単独で使用するよりも、統合して活用すれば、臨床試験の効率を高めたり、医療費の無駄をそぎ落としたりするのにも有効だと期待されています。数年前から政府や業界団体などで議論が始まっていますが、「総論賛成・各論反対」な状況が続いています。

 「医療は究極の個人情報を扱うのでセキュリティが万全じゃないと…」とか「データの規格がバラバラ」とか「病院は情報を抱え込んでデータを出してくれない」などとできない理由はいくらでも挙がりますが、それらはいずれも運用上工夫すればクリアできるものばかりのはずです。

 その点、AWSも含めアマゾンには顧客の利益のためには、業界の慣習とか、しがらみをなぎ倒していく、ブルドーザーのような突破力があります。その勢いを持ってすれば、医療ビッグデータの活用も一気に進むかもしれない…と少しだけ希望を抱くこともできました。

 我々日本人は、米国人が提供する快適なプラットフォームを使って成功の果実をより早く手にすればいいのかもしれません。ただ、いつまでたっても、“参加料”を払い続けるのも、個人的には癪に障るのです。

 読者の皆様はどのようにお感じになるでしょうか。ご意見を賜れば幸いです(画面最下部の「お問い合わせ」をクリックすればメッセージを送ることができます)。