【日経バイオテクONLINE Vol.2942】

病気は数式で表すことができる

(2018.06.13 08:00)
小崎丈太郎

 最近、NHKテレビで「神の数式」を追究する数学者、物理学者たちのドキュメンタリーを見ました(再放送です)。神の数式とは、あらゆる自然現象を説明できる数式のことで、ニュートン以来、多くの科学者たちがその数式の発見と証明に人生を懸けてきたというストーリーでした。

 そして先日、病気も数式で表すことができると主張する研究者にお話を聞く機会がありました。前回のメルマガでも紹介した国立循環器病研究センター臨床研究部の北風政史部長です。北風部長は「医学・医療は必ず数式化される」という信念を持っています。なぜならば、「医学・医療は自然科学であり、数式で表せないものは自然科学でない」(北風部長の講演スライドより)からです。北風部長の自信の背景には、医療ビッグデータのデータマイニングとその結果をもとにした数式化というアプローチが、現実の世界のデータと良好な結果を残しているという事実があります。

 心不全の専門家である同部長は「心不全の数式化」に取り組んできました。入院患者さんのデータから検査の結果や使用する薬剤の種類など400ものパラメータを選び、心不全の予後を推定する数式を完成させました。400個のデータを患者さんから採集することは日常診療では大変なので、さらに最も重要なパラメータを50個ほどに絞り込んだ数式も完成、その結果が実際の再入院確率を予測できることを証明しました。近く論文が公開されるとのことです。
 北風部長は、この結果を臨床現場で簡単に使えるアプリとして開発する準備も進めています。近い将来、患者さんの再入院確率の予測やそれを下げるために、どのように介入すべきかをこの心不全の数式が教えてくれるはずです。

 この方法は、心不全以外の疾患にも有効です。認知症や癌といった生活習慣病の発症予測やその予防法の提案にも使えるでしょう。この数式に個人のパラメータを代入することによって、個人のリスクやそのリスク低減のために改めるべき生活習慣を明らかにできるという点です。つまり予防医学の精密医療が可能になるわけです。

 現在、北風部長はある企業の健保組合と共同で、組合員の健診データやレセプト情報を組み合わせたビッグデータをマイニングし、心不全のリスクを解析しようとしています。しかし、企業側は、心不全もさることながら、うつ病による長期休職者を事前に割り出すことができないかにより大きな関心があるのだそうです。うつ病による離職はいまや企業にとって大きな経営リスクになりつつあります。どのような人がうつ病に罹患しやすいか、未病の段階での介入ポイントは何か?が把握できるようになるかもしれません。当然、新薬の治験にも大きな影響を与えることになるでしょう。

 健保組合というところもミソです。これまで健康組合は従業員の健診データやレセプトデータを組合員の健康維持に十分に活用できていませんでした。予防医学の確立に向け、健康組合の重要性が認識されるのは当然の成り行きといえるでしょう。
 さらに厚生労働省は2018年度から、大企業を中心に全国1400の健保組合に対して、加入者全体の健康状態や医療費水準などを「成績表」にして通知する取り組みを開始しました。健保組合が死蔵してきたビッグデータの活用機運が高まることも期待できそうです。

 神の数式を追究する人々は、その数式が正しいばかりではなく、エレガントであることも重視してきたそうです。取材の折、北風部長に心不全の数式を見せていただきました。数学で苦労してきた私には、その数式のエレガントさを理解できなかったことが、とても残念でした。

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