【日経バイオテクONLINE Vol.2940】

大リストラモードの製薬業界、誰が「終わった人」と決めるのか

(2018.06.08 08:00)
坂田亮太郎

 おはようございます。日経バイオテクで副編集長をしております坂田亮太郎です。作家、内館牧子氏の小説『終わった人』を原作とする映画が明日(6月9日)から全国で公開されます。「定年って生前葬だな…」という刺激的なキャッチコピーをご記憶の方も多いでしょうが、定年を迎えた元エリートサラリーマンが第2の人生で悪戦苦闘するもようがかなり「残酷」に描かれた作品です。製薬業界では今後、大規模なリストラが予想されています。定年を迎えることもできずに「終わった人」として社外に放り出される人が大量に発生するわけですが、最近「終わった」とはどういうことかを考えさせられる方に会ったので、ご紹介したいと思います。

 そもそも「終わった」とは随分と残酷な言葉です。「これでアイツも終わったな…」とか「終わってる部署」などと会社組織の中では頻繁に出てくる言葉ですが、そもそも大半の人は一生懸命に働いている。にもかかわらず、いつの間にかラインから外され、周囲も自分も「もう先はないな…」と感じるようになる。

 一昔前までなら「終わった人」でも定年まで会社にいられましたが、平成に入ってからの日本はグローバルスタンダードの名の下に「役職定年」や「早期退職制度」などという忌々しい仕組みがすっかりと定着してしまいました。何とも、世知辛い世の中です。

 ただ、「終わった」かどうかを他人に判断されるなんてムカつきませんか。人生100年時代と言われます。定年で退職しても元気に働ける期間は10年以上。早期退職した人なら、20年以上もバリバリと働くことができます。今いるカイシャが自分に合わなかっただけで、外に出れば自分が輝ける場所はいくらでもある…と、それぐらいツラの皮を厚くして生きていた方が、気が楽ではないでしょうか。

 そもそもシニア世代の転職は「生きるため」の要素がかなり減ります。住宅ローンを抱えている人はたんまり貰った退職金で完済しちゃいましょう(A社の割増退職金は5000万円も出るとか)。教育費はまだまだかかるかもしれませんが、先は知れています。今どき、配偶者が働いている家庭も当たり前でしょうから、贅沢さえしなければ食べていくことはできるはずです。つまり、給料の額で仕事を選ぶ必要性はかなり薄れるということです。

 だったら何を基準に仕事を選べばいいのでしょうか。やはり自分がやりたいと思っていた仕事を、周囲の目を気にせずに、突き詰めることに尽きるのではないでしょうか。そのような生き方を選択した人に先日、出会いました。田中武雄さん(70歳)。2013年、65歳の時にメディギア・インターナショナルというバイオベンチャーを立ち上げました。

 田中さんの会社は、特殊なポリマーで腫瘍だけを包み込んで兵糧攻めするナノデバイスを開発しています。紙おむつとか生理用品のCMで水分を吸収するとゲルが膨張するシーンを見たことがあると思いますが、そのポリマーを使って癌組織だけを封止するというのです。詳細はこちらの記事をお読みいただきたいのですが、私が一番驚いたのは田中さんの経歴でした。

 田中さんは東京工業大学の工学部を卒業された後、神戸製鋼所で研究者の道を進みました。超伝導素材や褐炭液化技術の開発に携わり、社長表彰も受けたほどですから優秀な研究者だったはずです。ただ、45歳の時、米国子会社に出向中に神戸製鋼を退職しました。田中さんは多くを語りませんが、90年代の鉄冷えの時代、製鉄会社はどこも苛烈なリストラを進めていました。

 そこから米国で起業したり、日本に戻ってITベンチャーの社長を務めたりと波瀾万丈な人生を歩まれた田中さん。60歳の頃、父親を癌で亡くし、そこから癌分野への挑戦を始めました。肝臓癌に対する動脈塞栓術で世界的に有名な堀信一氏(IGTクリニック院長)と出会い、新しい塞栓材を開発するため母校の東工大で、生命理工学院のドクターコースに入り直したのです。

 還暦を過ぎてから、全く門外漢の分野で、博士課程に進む。田中さんのそのバイタリティに心底、驚きました。小説『終わった人』の主人公、田代壮介は暇つぶしのため退職後に大学院に進学します。かく言う私も「退職したら大学院にでも行こう」とぼんやりと考えていました。何かを学びたいというより、名刺に「博士」って書いてあったらカッコいいな…というぐらいの甚だ浅はかな考えからです。しかし、田中さんは違います。全く新しい癌治療法を開発するため、自分に足りない知識を身に付けるため、60歳を過ぎてから大学院に入り直しました。

 田中さんを突き動かしている要因はもう1つあります。奥様も癌で亡くされているのです。大学院に入り直した頃に発症され、一時はかなり回復されていましたが、昨年末に再発してしまいました。取材の最後に田中さんは、笑顔でこう仰っていました。「今はね、妻のリベンジのために開発しているようなもんですよ」と。

 帰りの電車の中で、他人の評価や自分の思い込みで「終わった」などと自分の可能性を狭めることはやめようと思いました。生きている限り、「終わった人」なんていないのですから。
 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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