【日経バイオテクONLINE Vol.2862】

セルロースナノファイバーが工業利用に適している理由

(2018.02.14 08:00)
橋本宗明

 皆様、おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。先日、日本製紙研究開発本部の河崎雅行CNF研究所長に、セルロースナノファイバー(CNF)の実用化状況についてインタビューする機会がありました。インタビュー内容はあらためて記事にしますが、生物資源(バイオマス)の工業利用を考える上で示唆に富む内容だったので、その辺りのエッセンスを紹介します。

 植物の細胞壁を構成するセルロース、ヘミセルロース、リグニンのうち、セルロースは結晶化してミクロフィブリルという直径3、4nmの繊維状の構造をしています。木材のパルプをこのミクロフィブリルに近くなるまでほぐしたものがセルロースナノファイバーです。

 セルロースナノファイバーについては、日経バイオテク本誌の特集でも取り上げました。製紙大手の日本製紙が、世界に先駆けて年産500tの量産施設を昨年4月に稼働させたことも記事で紹介してきました。

https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/082400016/040500022/

https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/17/04/25/02639/

 その後の商業化の状況や、用途開発や技術開発などの進展ぶりを確かめたく、河崎所長にインタビューさせていただいた次第です。

 セルロースナノファイバーの製造方法については幾つかの方法があり、それによってコストや物性などに違いが生じます。日本製紙がまず量産化したのはTEMPO化という化学処理を施して製造するTEMPO化CNFです。パルプなどをTEMPO触媒と呼ばれる触媒で処理すると、ミクロフィブリルの表面に露出した水酸基が全てカルボキシル基になり、水中でミクロフィブリル間に反発力が働いてバラバラになります。物理的にほぐしていくとどうしてもほぐしきれなかった部分が残り、均一な物質にはできませんが、TEMPO化CNFの直径はほぼ均一です。ただし、ミクロフィブリルの長さは200nm程度から1μm(1000nm)程度までばらつきがあり、植物種などによって異なる分布を示すということですが、日本製紙ではTEMPO化CNFの生産工程の中で長さもある程度コントロールしているとのことでした。つまり、TEMPO化CNFはほぼ均一な物質となっているわけです。もちろん、CNFの「軽くて強い」「熱で変形しにくい」「ガスバリア性を有する」「特徴的な粘性を有する」などのユニークな性質が評価されているのは間違いありませんが、加えてこの「ほぼ均一な物質である」ということが、様々な化学メーカーなどから注目され、工業製品などの中に徐々に採用が進みつつある一因だと思われます。

 工業分野で生物資源の利用を考える際に、常に課題になるのはいかに不純物を取り除き、品質を安定化させるかです。そもそも生物自体はいろんな物質の混合物であり、種や個体によってその構成比などにはばらつきがあります。工業分野で生物資源を利用する際にはその生物個体から目的の物質を採取、抽出するわけですが、その際に不純物の混入などがどこまで容認されるかは、製品として利用する先の製品の性質などによって異なり、ざっくりしたイメージで言うと、食品<化成品<医薬品の順に要求は厳しくなる感じでしょうか。化成品も、それを用いて何を製造するのかによって、食品よりも要求が緩い場合もあれば、医薬品並みの品質を要求される場合もありそうです。いずれにせよTEMPO化CNFは「均一な物質」にだからこそ、工業利用しやすいのは間違いなさそうです。だからまだ現時点では価格的はかなり高額にもかかわらず、化粧品やインク、塗料などの工業製品の中に混ぜて実用化される事例が出てきたのだと思われます。

 ただし、セルロースナノファイバーが最終的に注目されているのは、ガラス繊維や炭素繊維の代わりに樹脂に混ぜん込んで強化プラスチックを製造し、自動車や航空機などの車体、家電製品、建築材料として利用される可能性があるからですが、それを実現するには大幅な低価格化は避けて通れません。ところが日本製紙では、TEMPO化CNFを樹脂に混ぜ込むやり方ではコストの壁を克服するのが容易でないと考えているようです。自動車などへの利用を目指したCNF強化樹脂についてはTEMPO化CNFは利用せず、別の製造方法での実用化を目指して昨年6月に実証生産設備を稼働させています。

 いずれCNFの研究が進み、こういう用途ならこのレベルの品質で十分ということが明らかになれば、製造方法と品質の異なる何通りもの価格帯のCNF(またはCNFを混ぜた樹脂など)が流通することになるかもしれません。また、TEMPO化とは異なる方法で同様にミクロフィブリルを均一に分散させる技術も登場しており、TEMPO化CNFのような高品質のCNFも徐々に低価格化していくことでしょう。あるいは、高品質のCNFを大幅な低価格で生産する技術が登場して、CNFの産業利用が一気に加速していく可能性もあります。

 いずれにせよ、工業製品の中に生物資源を利用していくためには、品質をいかに安定にしていくかが大きな課題になることを、セルロースナノファイバーの取材を通じて再認識しました。ちなみに、工業製品への生物の利用では、安定的に量を確保することも大きな課題になりますが、セルロースナノファイバーの場合、原料に木材パルプを利用するため、製紙会社においては量の安定確保の問題は回避できているようでした。これもセルロースナノファイバーの魅力の1つだと言えます。また、今後、工業分野での生物資源の利用を広げていくには、量と品質を安定に供給できる生物資源をまずは探してみるという視点もあり得ると思った次第です。

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