【日経バイオテクONLINE Vol.2825】

遺伝子治療の自己投与ビデオの波紋

(2017.12.15 08:00)
橋本宗明

 おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 米食品医薬品局(FDA)が2017年11月下旬に、自己投与を目的とする遺伝子治療薬に対する警告をウェブサイト上に掲出して話題となっています。警告に記されているのは主に以下の3点です。

 (1)遺伝子治療とは、遺伝子産物の発現の修飾や操作を目的、もしくは治療に用いる生細胞の生物学的特性の変更を目的とする遺伝物質の投与であり、FDAはヒトにおけるCRISPR/Cas9遺伝子編集の使用を遺伝子治療とみなしている。

 (2)遺伝子治療製品は、FDAの生物製剤評価研究センター(CBER)によって規制されており、遺伝子治療の臨床研究を米国で行うには開始前に新薬治験申請書(IND)を提出する必要があり、遺伝子治療薬の販売には生物製剤承認申請書(BLA)の提出と承認が必要である。

 (3)FDAは、自己投与を目的とした遺伝子治療製品や、遺伝子治療を行うための「do it yourself」キットが一般に公開されていることを認識しているが、これらの製品の販売は法律違反である。FDAは安全性リスクを懸念している。

 警告の背後には、遺伝子治療を自己投与するビデオがFacebookやYouTubeで相次いで公開され、英国放送協会(BBC)などのメディアが取り上げるなどしたことがあると見られます。10月初めに、遺伝子工学キットなどを販売する米スタートアップ企業のCEOが、ミオスタチン遺伝子をノックアウトする筋肉増強用CRISPR/Cas9を自己投与する模様をYouTubeで公開しました。また、10月半ばには、米国の20代後半の男性が、「バイオハッカー」と称する研究者らとベンチャーとで作製した未承認のヒトエイズウイルス(HIV)治療用の遺伝子治療薬をリビングルームで自己投与する模様をFacebookで公開しています。CRISPR/Cas9を自己投与したCEOの会社のウェブサイトでは同キットが20ドルで販売されており(注射および人への使用はできないとの注釈つきですが)、本当に有効なのかは不明ではあるものの、筋肉増強目的でこういうキットを自己利用しようとする人が出てきても不思議ではありません。そのため、FDAは消費者保護的な観点で警告を出したのでしょう。日本の行政機関も近い将来、同様の警鐘を鳴らす必要に迫られるかもしれません。

 その一方で、バイオ研究に用いる実験機器の価格の低下などを背景に、大学や企業の研究室に所属せずにバイオ関連の研究を行う「バイオハッカー」と呼ばれる人たちのコミュニティーが、米国を中心に立ち上がりつつあります。こうした個人ベースでバイオの研究開発を行うことは、日曜大工的意味合いを込めてDIYバイオと呼ばれており(自分自身への適用という意味ではないのでご注意)、私はこうしたDIYバイオの中から新しいバイオ産業の芽が出てくるものと大いに期待しています。こうした新しい芽を健全に育てていくためにも、DIYバイオのコミュニティーを含め、社会全体の中にバイオテクノロジーを活用するに際しての適切な倫理観を醸成していく必要があるでしょう。少なくとも、バイオハッカーやDIYバイオに対して社会がアレルギー反応を示し、過剰な規制が導入されて新たな産業やイノベーションの芽を摘むことにならないよう願う次第です。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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