【日経バイオテクONLINE Vol.2752】

リキッドバイオプシーとNGSと癌薬物療法

(2017.08.30 08:00)
小崎丈太郎

 癌は単一クローンの集塊ではなく、遺伝子が変異した多様な細胞クローンで構成されています。治療感受性のクローンもあれば、抵抗性のクローンも混じり合って“生活”しています。ある治療を行うと感受性のクローンは減少しますが、抵抗性のクローンは存続し、増殖を続けることになります。切れ味鋭い分子標的治療薬が治療しているうちに効かなくなる最大の要因とされています。
 感染症の治療では、“薬と菌のイタチごっこ”などと言われてきましたが、癌治療ではむしろイタチごっこは大歓迎です。なぜならば、イタチごっこをしているうちに天寿を全うしてしまえば、それは癌に勝ったということになるからです。

 問題は、どのようにしてイタチごっこに持ち込むかです。
 注目されているのが、リキッドバイオプシーです。
 リキッドバイオプシーは、癌細胞が壊死やアポトーシスを起こした場合に、血液中に放出されるcell free DNA(cfDNA)を検出できる技術として注目されています。健常者のcfDNAは血液1mLに平均30ngですが、癌患者では平均180ngと増加する傾向にあります。治療が奏効するのであれば、血液中のcfDNA量は減少しますから、治療感受性の評価を末梢血で行うことができます。癌の再発の早期検出でも現在の画像検査中心のチェックに比べ、より頻回に、より正確に、しかも患者さんにとって小さな負担で実施できると期待されます。

 しかも採取したcfDNAを次世代シーケンサー(NGS)でシーケンスすることによって、その患者に巣くう癌がどの位の多様性を持っているかを把握することも可能です。どのくらい多様かを指標にして、癌の治療抵抗性への移行しやすさを推測することができそうです。治療終了後、早期に再発する患者ではcfDNA中の突然変異頻度の上昇が早期に起こるというデータも報告されています。これほど強力な腫瘍マーカーが今までにあったでしょうか。

 例えば肺癌の分子標的治療薬ゲフィチニブは治療開始当初は非常によく効くけれども、1年程度でRGFR遺伝子にT790M変異を持ったクローンが多数派になって、ゲフィチニブが効かない癌になることが普通です。臨床でゲフィチニブが効かなくなったら、リキッドバイオプシーでcfDNAを調べて、T790M変異が多数派であることを確認し、この変異クローンに有効な新たな薬剤であるオシメルチニブを使用する。
 そしてオシメルチニブが効かなくなったら、T790M変異が減少したことをリキッドバイオプシーで確認し、その時点で最も感受性がある分子標的治療薬を使用する。解析の結果、ゲフィチニブの再登場ということもあるでしょう(Shaw,A.T.et al.,NEJM,2016,374,54-61)。まさにイタチごっこです。このイタチごっこの間に少数派となっている癌細胞クローン(おそらく幹細胞)を免疫細胞が攻撃してくれれば、完勝できるのですが。

 リキッドバイオプシーとNGSが癌の検査技術として普及した暁には、現在の癌薬物療法は「二階から目薬」に見えるのではないでしょうか。この続きは日経バイオテクのコラム「研究室探訪」で紹介したいと思います。ご期待ください。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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