【日経バイオテクONLINE Vol.2684】

万能ではないゲノム編集技術

(2017.05.19 08:00)
橋本宗明

 皆様、おはようございます。日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 5月15日に発行した日経バイオテク本誌の最新号には「ゲノム編集の最新動向」と題する特集記事を掲載しました。皆様もうお読みいただいたでしょうか? ゲノム編集技術、特にCRISPR/Cas9がいかに安価で簡便な技術かをあらためて整理し、今後、動植物や微生物の育種が非常に活発に行われるようになるだろうと展望しています。

特集 ゲノム編集技術の最新動向
3000円で始められるCRISPR、有用生物の育種・改変が加速
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/082400016/051000025/

 では、ゲノム編集技術は育種にとって万能かというと決してそんなことはないでしょう。例えば、この特集の最後の方で、「突然変異育種法に比べれば、ゲノムの標的部位を絞り込んだゲノム編集育種の方が安全性評価をしやすい」といった声があることを紹介していますが、ゲノム編集技術が普及したからといって突然変異育種の技術が不要になることはないと私は考えています。

 というのは、様々な生物のゲノム上の特定の場所の遺伝子をピンポイントでノックアウトしたり、目的の場所に狙いを定めて遺伝子を入れたりすることは可能になるかもしれませんが、その改変がその生物にとって有用とは限りません。むしろ、ゲノムを改変することによって代謝経路に変化が生じて、生物としては弱くなってしまう方が実際には多いのではないでしょうか?

 研究室で改変生物を作製することはできたとしても、しばらく継代するうちに導入した遺伝子が抜け落ちてしまうようなことは往々にあります。また、作製した改変生物を実際に商業的に利用していこうとすると、環境に適応した、飼育・栽培しやすく生産効率の高い生物に変えていく必要があります。「ゲノム編集を行った生物のゲノムをファインチューニングするためにも、ランダムに変異を入れて選択圧をかけて目的の生物に育種する手法は重要だ」という話を、独自のランダム変異導入技術を有して事業展開しているちとせ研究所の釘宮理恵代表取締役COOに聞かされて、大変納得しました。

ちとせ研究所、育種技術を武器に業容拡大
https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/column/16/021500017/042700059/

 ゲノム編集というと、技術のインパクトもさることながら、この遺伝子工学技術に対して「genome editing」という言葉を付けた人のセンスも抜群だなと思います。テキストエディターを用いて文章を簡単に切り貼りしていくように、30億の文字列から成るゲノムを簡単にカット&ペーストできると説明すると、誰もがイメージしやすいでしょう。

 ただし、カット&ペーストして編集した文章は、往々にして前後の辻褄が合わなくなってしまっていたり、脈絡が無い文章になってしまっていたりしがちです。そこで、校正や校閲を入れて文章を修正するように、ゲノム編集後の微調整、genome editing後のgenome fine-tuningも必要不可欠というわけです。

 1つの技術に光が当たれば、その周辺技術はなおざりにされがちですが、ゲノム編集一辺倒になるのではなく、従来の育種技術も組み合わせながら、目的の育種を進めるということが必要なのだろうとあらためて思った次第です。

 本日はこの辺りで失礼します。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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