【日経バイオテクONLINE Vol.2650】

高額薬価問題には正しく絶望する

(2017.03.29 08:00)
小崎丈太郎

 森友学園理事長の証人喚問で国会の予算委員会が大注目された3月23日の夕方、自民党の水月会(http://www.suigetsukai.org/、石破茂会長)がある勉強会を開催しました。議題は、“高額な抗癌剤が医療財源に大きな負担となっている事態をどうするか”というものです。講師は日本赤十字社医療センター化学療法科の國頭英夫部長です。記者にも公開されるというので、傍聴に行きました。
 國頭部長についてはご存じの方も多いかと思いますが、肺癌薬物療法の専門医にして、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的治療薬などの薬価が高い薬物が医療財政に大きな負担となっている問題をいち早く指摘し、免疫チェックポイント阻害薬の薬価引き下げにつながる議論の端緒を作った人物です。

 この日も國頭部長は国会議員の方々を前に持ち前の鋭い舌鋒で、ニボルマブ治療の問題点を指摘しました。曰く、有効な集団を治療前に特定できない、有効例ではいつまで使うか不明、有効なのに一時的に病勢が進展したように見えるpseudo progressionがある(やめ時が分からない)などなど。しかし、國頭部長がニボルマブを俎上(そじょう)に載せるのは、ニボルマブが効かない薬だからではありません。むしろ、よく効き、複数の治療薬に抵抗性となった進行癌の患者さんの1割から2割に長期生存あるいは治癒をもたらす良い薬であるためです。

「治療効果は従来の薬と同じで薬価が2.8倍という新薬もある。このような薬は使わないという方針で臨めば済む。しかし、ニボルマブのように効く薬は使わないわけにはいかない」(國頭部長)。このジレンマこそがこの高額薬剤費問題の本質です。
 
 ニボルマブの薬価が政治判断によって半分に下げられた事件も手伝って、薬剤の承認に費用対効果評価(HTA)を導入しようという動きも加速しています。しかし、既存薬と新薬を増分費用効果比(ICER)で比較する方法では、既存薬の薬価が非常に高くなってしまった現在、期待通りの歯止め効果を挙げることができないという悲観論が米国では流れています。「人の命は地球よりも重い」とばかりに問題解決を先送りしてきた日本では、HTAの導入が遅れていました。「ようやく始まるというときに、先行した外国で手遅れ論が浮上しているというのはなんとも皮肉な話だ」とは同部長の述懐です。

 この日の勉強会では語られませんでしたが、一昨年の第56回日本肺癌学会学術集会のシンポジウム「肺癌新治療の費用対効果」の企画者であり当日は座長をも務めた國頭部長は、聴衆に対して「簡単な解決策は無い。今日は正しく絶望して帰ってください」と呼び掛けていました。この日の勉強会では、“正しい絶望”の矛先は、高額療養費制度と日本人の死生観に向かいました。

 高額療養費制度によって一定以上の薬剤費は国庫の負担となります。ニボルマブの薬剤費のほとんどはこの高額療養費制度によって、言い換えると税金によってまかなわれている計算になります。この制度を國頭部長が海外の医師に説明しても信じてもらえないそうです。つまり、急激に増大する薬剤費を高額療養費制度がマスキングして見え難くなる役割を果たしています。

 しかし、ニボルマブや他の分子標的治療薬も問題の端緒にすぎません。医療費増大の主因は2つあり、1つは医療の高度化であり、もう1つは人口の高齢化です。しかも治癒が期待できる画期的な薬剤の登場が多くの患者にとって福音となった結果、当然のことですがほとんどの患者やその家族がその治療を希望することになります。

 そして同氏は、ハーバード大学医学部の外科医、アトゥール・ガワンデ教授が書いた『死すべき定め』(みすず書房)の一節を紹介しました。
「我々は、莫大な金を投じて、医療における宝くじ配布組織というものを作った。しかし、『そんなものはまず当たらないのだよ』と患者に覚悟させるシステムの方は、まだ緒についたばかりである」。有効な患者と無効な患者とを事前に区別することがない現在、「すべての患者が“外れくじがない宝くじ”の購入を希望する状況にある」(同部長)。

 質疑応答の時間になると、石破会長がこう発言しました。
「国民皆保険を守れとよく言いますが、実態は患者に対する贈与に近い制度になっているということですね」。既に国民皆保険の形骸化が始まっているという感想です。

 勉強会の幹事となった赤澤亮正・衆議院議員は「國頭先生のご指摘を我々もしっかり受け止めて、解決策を考えていきたい」と総括しました。正しい絶望の行く着く先はまだ見えません……、と言いたいところですが、実は全ての人に見えているのかもしれません。ただ見たくないという気持ちが強くて見えなくなっているような気もします。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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