2016年12月に日本科学未来館で一般向け講演会「人工知能とスーパーコンピュータでがんにチャレンジ」(主催:「システム癌新次元」文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究(複合領域4701)がんシステムの新次元俯瞰と攻略)がありましたので、行ってきました。登壇したのは名古屋大学大学院の高橋隆教授、日本IBMワトソン事業部ヘルスケア事業開発部の溝上敏文部長、東京大学医科学研究所の宮野悟教授の3氏です。

 宮野教授といえば、東大医科学研究所にIBMのWatson for Genomicsを導入した中心人物ですが、面白いことに同教授がWatsonを知ったきっかけは米国のクイズ番組を勝ち抜くWatson(とその開発スタッフたち)をYouTubeで見たことだったそうです。Watsonがクイズ番組を勝ち抜くプロセスは溝上室長が動画を交えて紹介していました。クイズへの挑戦は開発スタッフらが上司を説得した結果だそうです。挑戦にあたって、かつての王者をトレーナーに社内でスパーリングを繰り返したそうです。

 宮野教授はスーパーコンピュータやWatsonを駆使して膨大なゲノム情報や文献情報、画像情報を渉猟して、病態解析を行う研究スタイルを紹介しました。最も興味深いのは、2016年に京都大学の小川誠司教授らと発表した成人T細胞白血病リンパ腫患者の遺伝子異常の解析の結果です。この病気の発症頻度は1000人に0.6人と低いながら、原因ウイルスのキャリアが100万人を超えるという病気です。しかも発症すると予後は厳しいものがあります。なぜ発症する人がいて、しかも難治性なのでしょうか?
グループは400人の患者の大規模な遺伝子解析を行い、25%にPD-L1の3´非翻訳領域に変異があり、この結果PD-L1の過剰発現が厳しい予後に関係していることが明らかになりました。免疫エスケープが発症と予後に関係していることが分かったことになります。
 当然のことながら、こうした変異がある患者では抗PD1抗体や抗PD-L1抗体の治療薬が活躍しそうです。これは発症リスクを抱えている多くのキャリアにとっても福音です。

 もう1つ、看過できないのはこの変異(バイオマーカー)が翻訳されない領域にあったことです。つまり全エキソーム解析だけではそこに重要な変異があるとは分からなかったということです。宮野先生の結論はこうです。「中途半端な量の知識・データに基づく医療研究開発から的確な医療開発は期待薄」。そして同教授が映した最後のスライドにはこう書かれていました。
「(我々は)井の中の蛙だった」