医療や食肉の生産・流通において、抗生物質の慎重投与ルールの遵守は喫緊の課題です。報道が相次ぐ、複数の薬剤が効かないスーパーバグの登場は医療や食肉生産・流通の分野では大きな脅威です。世界保健機関(WHO)も厚生労働省も農林水産省も警鐘を鳴らしています。そこに疑問の余地はありませんが、気になるのは薬剤耐性の起源がどこかということです。
 薬を過剰に使えば薬剤が効かない耐性菌が増えてくる……。生物学的に考えると、ゲノムの突然変異が起こって薬が効かない菌が登場することもあるでしょう。しかしそんな変異原性の高い薬剤を患者や患畜に使うでしょうか。

 2012年に面白い報告がありました。
 米国ニューメキシコ州のレチュギア洞窟という人も入ったことがない隔離されていた洞窟で多数の薬剤耐性菌が分離されたというものです。そこで発見された現代の抗生物質が効かない菌の種類は100種類にのぼり、供試された抗生物質の中には最新の合成抗菌剤もあったとのことです。400万年から700万年前に外界から隔絶された洞窟に棲む彼らにとって抗生物質に曝露される経験は初めてのものでした。にもかかわらず既に耐性を獲得していたのです。

 薬剤耐性の起源は現存する菌の中の誰かが最初から持っていたという可能性が高くなりました。こうした菌がどのくらい増えるか減るかは多くの環境因子によって左右されることになるでしょう。特に、抗生物質で攻撃されることは重い選択圧であり、重大な環境因子になり得ます。
 
 そう考えると現在の病院や家畜の肥育施設は抗生物質という淘汰圧を恒常的にかけ続ける“生物進化の実験場”ということになります。同時に、静菌や抗菌を薬剤の投与で達成することがいかに困難なことであるかも想像できます。何しろ、患者や患畜を護る抗生物質が耐性菌を選抜しているのですから。

 グロバール化の進展に伴い薬剤耐性菌の蔓延が深刻な国際問題になっています。2015年のG7でも薬剤耐性菌が議題となりましたが、これは「一国だけで対応するのではなく、世界が同時に取り組まねば新しいレチュギア洞窟を造るだけだ」という考えによるものです。

 11月28日(月)の13:30から、ベルサール九段(東京都千代田区)を会場にセミナー「薬剤耐性に対するわが国の取り組み」(主催:日本経済新聞社、共催:内閣官房国際感染症対策調整室)が開催されます。知識を駆使して生物進化を制御する人類の企てに関心がある方は、ぜひ足をお運びください。参加料は無料です。下記サイトから参加申し込みができます。
 
https://entry.nikkeibp.co.jp/2016z1128kansen