研究者は研究発表の記事化を拒否できるのか?【日経バイオテクONLINE Vol.2409】

(2016.03.11 18:00)
河野修己

 3週間に1回、金曜日のメルマガを担当している日経バイオテク副編集長の河野修己です。

 ちょうど1週間前のメールマガジンで、久保田文・副編集長が「公的研究費による研究開発の情報公開はどこまですべきか?」という記事を投稿しました。このテーマ、日本の科学技術の健全な発展に欠かせない重要なものと私は考えており、今週も取り上げることにしました。

 というのも、研究開発を行う側(企業ではなく主にアカデミア)とその成果を報じるメディアの“常識”に埋めがたいギャップがあり、そのギャップは徐々に拡大していると感じるからです。これを放置しておくと、社会全体の科学技術に対する理解不足を生むことになり、いずれは社会的な損失をもたらすでしょう。科学技術に関する取材の現場では長らく、在るべき取材ルールが議論されず、曖昧なまま放置されて来た面があります。

 久保田副編集長は先週のメールマガジンで、日本医療研究開発機構(AMED)が主催した「革新的医療技術創出拠点プロジェクト」の成果報告会に取材OKということで行ったものの、複数の発表者から記事化を拒否されたと書いています。

 また、最近は学会の取材規約に、「取材した内容を記事する場合は、発表者の許可を得ること」と書いてある場合が増えてきました。こうした規約が堂々と明文化されているということは、「発表を記事化できるかどうかを自分たちでコントロールできる」と研究者が考えている証拠でしょう。

 研究者とメディアの間の1つ目の認識ギャップはこの点にあります。報道の原則からすれば、何百人から何千人の多数が存在する場所で発表された事柄を報じるのに、許可を得る必要はありません。メディアの入場を許可しておいて、「あれは記事にしていい、これは記事にするな」と要求するのは、本来であれば通らない話です。

 「学会は関係者だけのクローズな場だ」と主張する研究者もいますが、「学会で発表すると新規性が失われる」と特許法で規定されていることから分かるように、明らかに学会は公の場です。にもかかわらず、今でも上述のような報道規約がまかり通っているのは、研究者との揉めることなどを嫌がり、主張すべきことをきっちりと主張してこなかったメディアにも責任があります。

 もう1つ指摘しておきたい点があります。それは、発表を記事にする場合でも、掲載前の原稿をチェックできると考えている研究者がかなりいることです。これは、学会発表に限らず、通常の1対1の取材でも、要求されることがよくあります。

 私が属している日経グループだけでなく、大手新聞系のメディアで働いている記者で、この要求に応じる者はほとんどいないはずです。というのも新人記者は、「掲載前の原稿を絶対に外部に見せるな。外部の人間が原稿のチェックを要求する行為は検閲と同じだ」と厳しく指導されるからです。そのため我々は、原稿を外部に見せるのは重大な規則違反だという意識を持っています。

 企業の広報担当者はその辺の事情はよく分かっているらしく、「原稿見せろ」とはめったに言われないのですが、研究者の場合はかなりの確率で口にされるのでかねがね不思議に思っていました。しかし、このサイトを発見してようやく納得がいったのです。
http://togetter.com/li/942363

 サイトのタイトルは「科学とジャーナリズムと査読と検閲」。このサイトには、「メディアに原稿チェックをお願いしても、聞き入れてもらえない。なぜだろう」などの書き込みがあります。

 私は書き込みを読んでいき、「そうか。研究者にとって、掲載前の論文を外部にチェック、つまり査読してもらうのは、当たり前の行為なのか」と理解したわけです。研究者側からすれば、「間違いがあっては困るから親切にチェックしてやろう」というくらいの気持ちなのかもしれません。それを、「検閲だ」と激しい拒否を受けると、困惑してしまうのでしょう。研究者とメディアの常識には、それほどの溝があるということに行き着いたのです。

 ただし、メディアの側にも、掲載前に外部に原稿を見せるわけにはいかない理由があります。まず、インサイダー取引を誘発する危険性があります。記事の掲載が、関連する企業の株式の売買に影響を与える場合があるからです。

 もう1つは、論文と記事の性格の違いがあります。論文の場合、大部分の記述は、過去の研究のおさらい、実験方法、実験結果などのファクト(事実)で占められています。しかし、一般に報道記事では、ファクトを記述した部分以外に、論評や意見に類する部分がかなり含まれています。記事の見出しも、論評や意見を反映していることが多々あります。研究者に原稿を見せると、往々にして論評、意見に対して口を出したくなるようなのですが、そここそが記事の存在意義であり、論評、意見に正解はないので、議論が延々と終わらなくなります。

 間違った内容の記事が掲載されるの避けるため、「事前に内容を確認させてくれ」と研究者が要求する気持ちは理解できます。特に、日本の大手メディアには大学で自然科学を専攻した記者が極めて少なく、自分が話した内容を本当に理解してくれたのか、心配になることも多いでしょう。

 両者が互いに不信感を持ったままでは、科学技術に関する報道のレベルは改善されず、科学技術への投資に対する国民の理解が低下する危険性があります。例えば、学会の取材はスライドの写真撮影(スライド撮影を禁止している学会が多いが、詳細情報を入手できればより正確な記事を書ける)も含めて原則自由とする、その代わり記事中のファクトに関する部分については掲載前に何らかの手段で確認するといった双方が納得いく取材ルールの策定が、そろそろ必要ではないでしょうか。

 バイオ研究者やバイオ産業に携わる方、約5万人に向けて月曜から金曜まで週5回配信している日経バイオテクONLINEメールに、水曜日と金曜日に掲載している記者によるコラムを掲載します。

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