キャリアアドバイザーの業務日誌(第1回)

異業界・異職種という選択肢

製薬企業の研究者がベンチャーキャピタルに転身した事例
(2018.01.05 08:00)
リクルートキャリア LS & HC(Life Science & HealthCare)キャリアアドバイザー マネジャー 増間大樹
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筆者の増間大樹氏
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 「医薬の研究職以外の求人、つまり異業界・異職種への転職が可能な案件はないでしょうか?」。初回面談の途中で、Aさんはボソッとつぶやいた。

 Aさん(30代後半・男性・既婚)は大手製薬企業の研究職。転職相談に訪れたが、すぐに職を手にしなければならない事情があるなど、切羽詰まっていたわけではなかった。しかしお話を聞くと、勤められていた企業では研究所の再構築を打ち出し、研究職の人員整理に着手していた。30代のAさんは整理の対象ではなかったが、製薬業界全体を見渡してみても研究部門は縮小される方向に動いており、先行きは不透明だ。そこで「これをきっかけに自分の将来の可能性を探ってみよう」と思い立ったようだ。

 しかし、Aさんは、新卒での就職時には教授推薦ですんなり入社を決めたため、一般的な「就職活動・転職活動」の経験が無い。何から始めればいいか、どう進めていけばよいか分からず、当社の門をたたいたのだった。製薬業界にお勤めの求職者は、Aさんのように、転職経験が無い方が多い。

 初回に面談させていただく場合、通常はまず、「キャリアの棚卸し」や「求職者がどのような思考をされていて、どのようなことを望まれているのか」、一緒に整理することからスタートする。

 私はその際、転職に当たっての意向を確認する上で、2×2のマトリックスを提示する(図参照)。縦軸は「同業界か異業界か」、横軸は「同職種か異職種か」。

 私の感触では、製薬業界の研究職の方の場合、「同業界・同職種」――つまり製薬業界で研究を続けることにこだわる方が約6割。化学や化粧品など異分野の研究職になる「異業界・同職種」や、製薬業界で研究以外の仕事に就く「同業界・異職種」も視野に入れる方が約3割。「異業界・異職種」にも興味を示す方は1割ほどだ。

 「同業界・同職種」を希望する方が多くを占めるが、転職市況によっては、かないにくい場合もある。そこで私は、マトリックスの残り3つの枠について、どんな求人があるか、メリットとデメリットは何かをご案内している。

 今回、研究職の転職マーケットや選択肢についてお話しする中で、Aさんは「異業界・異職種」に興味を示した。そこで、幾つかの求人案件を紹介。 その中からAさんが興味を示されたのは「ベンチャーキャピタルのアナリスト」という道だった。ベンチャーキャピタルがメディカル企業への投資を検討する際、専門知識を生かしてその会社の可能性を見極め、投資判断を担うポジションだ。

 こうした、異職種に興味を示す研究職の方からは、よくこんな声が聞こえてくる。

 「研究職は社外や社内他部署との接点が無い。いわば上流中の上流だが、最終製品はどのように形になり、どのように世の中に出て、どうお金が流れていくのかという下流部分も知りたい」

 Aさんもそんな志向の持ち主であり、「ビジネスの最前線で何が起きているのか」に興味を引かれたという。

 しかし、その選択は、今の安定した地位とは大きなギャップもあった。私はAさんの意思を確認した。

 「今、Aさんの年収は1000万円ありますね。この求人だと年収が3分の2に下がります。それに雇用形態は契約社員です。大手銀行系列のベンチャーキャピタル なので、ある程度安定的な職場ではありますが、経営方針が変われば契約が継続しなくなる可能性は十分に考えられます。奥さまともじっくり相談してみてください」 。こう話をして、その日の面談を終えた。

 通常、こうしたケースでは奥さま他、家族の反対を受けて断念するケースも多い。しかしAさんの奥さまは、「冒険したい。チャレンジしたい」というAさんの思いをくみ、すぐに賛同してくれたという。

 後日再び当社に来社したAさんはすがすが々しい表情で、入社の意思をこう語った。

 「このまま大手メーカーにいても、自分は大勢の中の1人にすぎません。でも、この会社なら専門知識を持つのは自分だけ。頼りにされ、存在価値を発揮できるならやりがいがあります」

 ちなみに、Aさんがベンチャーキャピタルへの転職を決めた直後にも、今度は求人している側の大手証券会社から「メディカルの知見を持つアナリストを採用したい」との相談を受けた。ベンチャーキャピタル入りが決まっていなければ、Aさんには別の選択肢としてご紹介できたが、それはそれでAさんを迷わせることになったかもしれない。いずれにせよ、文系中心の職場で、「技術が分かる人が欲しい」というケースは少なくない。例えば、私のような「キャリアアドバイザー」も、理系出身者の思いや考えをくみ取り、その人に最適な企業を紹介し、出会いを生み出せるという点で、技術職の転身の選択肢の1つである。

 「異業界・異職種」への転職は、入社後に企業風土や文化の違いに戸惑う場合が多いため、決して提示条件のみで判断するのではなく、例えばアドバイザーに第三者的な、客観的な意見を求めることが大切だ。とはいえ、同業界・同職種だけに固執せず、他の可能性にも目を向けてみることで、意外と自身の志向や価値観に合う仕事が発見できる可能性もあるかもしれない。

写真はイメージ(提供:PIXTA)  この連載は、製薬、バイオ関連の研究職の人材流動化が進む中で、研究者としてやってきた人にはどのようなキャリアチェンジの可能性があるのか、落とし穴はないのかなど、キャリアアドバイザーの経験を通して紹介してもらうものです。企業やアカデミアの研究者がこれからの自身のキャリアについて考える一助にしていただければと思います。リクルートキャリアのキャリアアドバイザーの方に持ち回りで執筆してもらいます(写真はイメージ、提供:PIXTA)。

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