「前編」でお伝えした通り、バイオベンチャー企業が採用を活発化させている。大手製薬企業で経験を積んだミドル~シニア層が、バイオベンチャーでセカンドキャリアをスタートさせるケースが確実に増えているのだ。

 大手からベンチャーへの転職では、以前なら「大幅な年収ダウン」がネックとなりがちだった。しかし、成長性のあるバイオベンチャーには投資が集まっており、以前と比べると高い年収を約束できるようになっている。年収条件面での障壁が崩れてきたことも、転職を後押ししているといえる。

 そして、変わったのは年収条件だけではない。「勤務地」「勤務形態」においても、以前は当たり前にあった障壁が取り払われつつあるのだ。

コロナ禍が後押しした「リモートワーク転職」

増間大樹(ますま・だいじゅ)氏
増間大樹(ますま・だいじゅ)氏
リクルートキャリア ハイキャリア統括部シニアコンサルタント。製薬業界を中心とした営業職・専門職、双方のサーチ部門を経験後、ライフサイエンス・ヘルスケア領域のアドバイザー部門のマネジャーを務める。 現在はハイキャリア領域にて医薬業界専任のコンサルタント、及び新規事業開発にも従事

地方のベンチャー企業:「こんな専門スキルを持つ人材を求めているが、地方にはなかなか来てもらえない。要件で妥協せざるを得ない……」

求職者:「その会社には興味があるが、家庭もあるし、地方に移り住むことはできない……」

 少し前までは、採用側も求職者側からも、このような声がよく聞かれた。ところが、最近では「リモートワーク+出張でOK」という条件の下、大都市圏で暮らしながら地方企業に勤務するケースが生まれているのだ。

 ある地方の大学発バイオベンチャーにて、経営陣と話をしていたときのことだ。求める人材要件について、先方はこう語った。

 「○○、△△、□□の経験を持つ人材が欲しいのですが、そんなレベルの人材をこちらに呼び寄せるなんて到底無理ですよね。最低限、○○の経験がある方に来ていただければ……」

 本当に欲しい人材を採用することを最初から諦め、妥協しようとしている。よくよく話を聞くと、他の複数の転職エージェントにも既に依頼しており、「そんな高度な人材を採用するのは厳しいので、要件を緩和してください」と言われているのだという。

 そこで私は、ある大手製薬会社の話をした。

 「東京と大阪に拠点がある企業なのですが、以前は採用時、『どちらの拠点での勤務になるか分かりません』『異動もあり得ます』という前提条件を提示していました。ところが今は、『希望の拠点を選んでください』『転勤はさせません』と、条件を変えています。『必要に応じて、出張やリモート会議で対応すればいい』と。優秀な人材を確保するために、そのような柔軟な勤務形態を採用しているのです」

 そのベンチャー企業の経営陣は、「大手がそこまでしているなら、うちのようなベンチャーもやらないわけにはいかないよね」と、意識を転換。「どの地域に住んでいてもOK。出張+リモート勤務OK」と、私が提案した勤務形態を了承してくださった。

 「この条件であれば、妥協することなく、求める人材を採用できる可能性がある」――私にはそんな確信があった。コロナ禍で在宅勤務が定着したことから、働く人々はリモートワークへの抵抗感が薄れている。「リモートでも十分働ける」、むしろ「余裕を持って働ける」「生産性が上がる」とリモートワークの継続を希望する人も増えているからだ。

 その予想通り、「移住の必要がないなら入社を検討してもいい」という人材が見つかった。結果、求める要件にマッチする人材の採用に成功。その転職者は東京在住で、入社直後の1カ月間は本社がある県に滞在し、毎日出社。半年間は定期的に出張。こうしてミッションの理解、社員との関係構築を行った上で、東京の自宅でリモート勤務をしている。

 この件と同様の転職は、他の地方のベンチャー企業でも成立している。

 ある求職者の方に、地方のバイオベンチャーの求人を紹介したところ、「その企業なら他のエージェントからも紹介を受けたが、首都圏から離れたくないので断った」との返答があった。そこで「生活圏は今のまま、リモートワーク+出張のスタイルではいかがですか」と提案すると、「その企業には興味があり、やってみたい仕事なので、そのスタイルなら応募したい」と、転職に至ったこともある。

 勤務地だけでなく、「雇用形態」も柔軟になってきている。あるバイオベンチャーから、幹部クラスの人材採用の依頼を受けた。その企業は、当然のように「正社員採用」を考えていたが、こう問いかけてみた。

 「その役割は、フルタイム勤務の正社員でなければ果たせないのでしょうか?」

 「必ずしもその必要はない」と気付いたその企業は、「正社員」の縛りを外して募集。その結果、60代の方が週3日勤務の顧問として、業務委託契約を結ぶことになった。

 コロナ禍を機に、自身のライフスタイルを見つめ直した人は多いようだ。在宅勤務を経験し、時間を自由に使える生活の豊かさを実感した人も少なくない。組織のルールに縛られずに働くことを望む人が増えていることで、これまで人材獲得に苦戦してきたベンチャー企業にとっては、高度なスキルを持つ人材を「業務委託」「顧問」といった形で活用できるチャンスが広がってきたといえるだろう。

 一方、働く人にとっても、企業側が様々な働き方を柔軟に受け入れるようになれば、自身のキャリアが生かせて、かつ希望するライフスタイルが叶う転職が可能になるだろう。

 企業も働く人も、これまでのような「妥協」をする必要はないと考えている。

 採用成功に向けて、募集要件を変更したり緩和したりすることは確かに1つの手段であるが、「地方だから」「ベンチャーだから」という理由で、緩和一辺倒になってしまっていることも事実であるように感じている。また同様に、求職者も同様の理由でそうした企業を敬遠する傾向がある。全てではないにしても、こうした状況は変わりつつある。一見難しいマッチングが成立するときこそ、エージェントは介在価値を感じるものだ。自分の常識は正しいのか、例外として突破はできないか。それを確かめるだけでも、ぜひ一度エージェントと話してみてほしい。